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2017年11月20日 (月)

そういえば・・ブレードランナー

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そういえば、映画『ブレードランナー2049』を見たのであった。リドリー・スコットが監督した『ブレードランナー』公開されたのが1982年。今回、監督がカナダ出身ということもあり前作が黒のイメージに対して、白を基調にした画面作りをしたとテレビでのインタヴューで語っていた。

レプリカントという遺伝子工学で作られた人造人間を捕まえるのが<ブレードランナー>と呼ばれる捜査官。人造人間を作るタイレル社は巨大になり、タイレル社のオーナーはますます怪物になっていた。自分の出自を知り悩み苦しむレプリカントたちをブレードランナーは追う。前作ではその捜査官をハリソン・フォードが、今回は『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリングが演じる(もちろん、歌は歌わない)。前作で最後にハリソン・フォードと戦うレプリカント(ルトガー・ハウアー)の悲しみが忘れ難い。

それから35年。ブレードランナーは見た目、今風にかっこよくなっていた。かっこよくはなっていたが捜査での褒美(?)は自室アパート内でのヴァーチャル美女のグレードアップくらいである。うれしいような、悲しいような・・・。

今回の映画にリドリー・スコットのような執拗、個性はない。その分、軽いが監督の個性の押し売りよりはいい。小さな木片さえ無くなった地球の現状、部下のように動くドローンやヴァーチャル美女といった未来のテクノロジーが面白い。映像もいいがそれ以上に良かったのは効果的な音響設計だろうか・・・、それがとても楽しめた。

シリーズ化される映画で最初の映画を越える作品は滅多にない。それでも最新作『猿の惑星・聖戦記(グレート・ウォー)』を見てしまうのは誰?


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2017年11月14日 (火)

読書がはかどらない

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この頃どうも読書がはかどらない。答えは炬燵がないからである。そこで、雨が降る前に落ち葉掃除をしてから部屋に炬燵を出した。リンゴは昨日買ったばかりだが、炬燵に載せるミカンはまだない。



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2017年10月 5日 (木)

AUTUMN

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昨夜は中秋の名月ということだったが月が顔を見せたのはほんの少しだけだった。

近頃、よくターンテーブルに乗るジョージ・ウインストンの『AUTUMN』、B面がオクトーバーで道、月、海、星という曲順になっている。ウインストンのピアノはわかりやすく、しかも心に染み入る。



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2017年8月30日 (水)

気温が下がり・・

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気温が下がり、セミの鳴き声も急に聞こえなくなり、頭の中に音楽が入ってくるようになった。良かった。

レコードはリヒテルのバッハ、平均律。


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2017年7月25日 (火)

潔い

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アルゲリッチのバッハはとても潔い。思わず背筋をピシッーとし、姿勢を正したくなる。

熟したスモモがおいしい季節。どこぞの総理が「李下に冠を正さず」と言った。





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2017年5月 1日 (月)

『羆撃ち』

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少し前になるがNHKのプロフェッショナルという番組で北海道、知床に住み羆を狩る久保俊治という方をドキュメントした放送があり、興味深く見た。そこで、久保俊治・著『羆撃ち』(小学館、2009年刊)という本を手に取った。その久保氏、父親の影響もあり少年時代に狩に接し、10代ですでに猟師になろうと決心。20代で羆狩りのハンターとなる。

久保氏、山という自然の中、羆と人間、生きものとして一対一になり熊を狩るのを流儀としている。鹿や熊の習性を観察し、学びながら何日もかけて山の中で羆を追う。そんな山の中で彼が感じる自然との一体感を感じる文章がすばらしい。実際に体験したものでなければ書けない描写の数々である。

冬山で倒したばかりの鹿の体内で久保氏が手を温めることが書かれている。自分が乗るソリを曳く犬で同じ行動をとろうとしたアメリカ人作家の短編を読んだことがある。また、先年ディカプリオが主演男優でアカデミー賞を獲った映画「レヴェナント蘇えりし者」ではディカプリオが死んだばかりの馬の体内に潜り、嵐を凌いだシーンもあった。人は寒さが堪えられない。

本の後半、生まれて間もない真っ白なアイヌ犬を譲り受け、訓練し、猟に伴う。フチと名付けられた牝のアイヌ犬はかしこく勇敢で、猟のかけがえのない同行者に育つ。

『羆撃ち』で描かれたのは著者の猟の前半生。NHNの番組で今現在、執筆する姿も紹介されていた。久保氏のその後の山、自然、猟、羆への関わりを知りたい。









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2017年4月15日 (土)

自伝

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新潮文庫から『チャップリン自伝 若き日々』(上巻)が出たので読んで見た。チャップリンは1889年生まれ、1977年、88歳で亡くなっている。自伝が書かれたのが74歳、教育を受けることのなかったチャップリンは独学で読み書きを身につけたと言う。

両親が離婚後、兄とチャップリンは母親のもとで育てられる。酒好きの父親は早くになくなり、母親の裁縫などで兄弟は食うや食わずの生活を送るが、頼りの母親も精神を患い入院する。そんな境遇から兄弟は10代から働く術を身につけはじめる。両親共に芸人という血もあり、チャップリンは芝居で経験を積み、アメリカで映画に関わることになる。

とまあ、ここからチャップリンの夥しい短編映画が作られ、評判を呼び、人気を博してゆくわけだがチャップリンは早々に脚本、編集、監督までやりはじめる。自分を見せるのに人任せにしない。(これはビートたけし、ではないか・・)

チャップリンが自身で書いたというこの自伝。よくこれだけ詳しく当時の出来事や人を覚えていたと驚く。



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2017年4月 5日 (水)

ラ・ラ・ランド 魅力の場所

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映画『ラ・ラ・ランド』を見た。冒頭の交通渋滞を逆手にとった踊り、ハリウッド映画黄金時代を思い起こさせるセット撮影、終盤の絵のような回想シーンなどなど、まだ若い監督デイミアン・チャゼルによる見せ方満載の―映画オタクが本物の映画を作ったような―才気ある仕上がりになっている。

ただ、話は古臭い。いつかジャズクラブを経営したいピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)と女優志望のミア(エマ・ストーン)。見かけることのできないジャズ好き男とオーディション全敗の女。そんな男と女のラブストーリー。今どきありえないワンパターン設定だが映画好きの、この監督が作るミュージカルだとすれば、作りものとして容認できなくもない。映画の完成度から見れば、それほどでもない。しかし・・・。

セブ役のライアン・ゴズリングは哀感溢れたピアノを弾き、ミア役のエマ・ストーンは夢追う者の心情をせつなく歌う。歌、演技、どちらもすばらしい。ふたりが夕景で歌い踊るシーンの素敵さ、セブが海辺で歌う<シティ・オブ・スターズ>の情感、ミア、最後のオーデイションでの<ザ・フールズ・フー・ドリーム>が心を打つ。いつしか、夢を追うふたりを応援したくなる。

『ラ・ラ・ランド』、ポスターとレコードを買おうと思う!







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2017年3月23日 (木)

証人喚問

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衆参予算委員会でのK氏証人喚問の放送を一日見ていた。「梯子を掛けのは私であります」、「梯子を外したのはM府知事であります」、トカゲの尻尾切り、昵懇の仲、「事実は小説より奇なりであります」とその応答に感心してしまう。

もはや興味は国有地払下げの値引きにおける口利きよりも100万円の寄付があったのかどうかに関心がゆく。下世話な関心である。

矜持ある官僚ばかりではない、口利きなんかなくとも忖度で動く官僚はいると思う。

詐欺師は、政治家は、わたしという人は、―時と場合と立場と心の状態で―どうしても嘘をつく。


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2017年3月22日 (水)

カルテットが終わる

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ということで今シーズンのテレビドラマの中では『カルテット』が良かった。意表をつく展開、キャスト4人の役柄、脚本の巧みさで見せた。生き方に不器用な登場人物たちを脚本家はどう描き、役者たちはどうやって演ずるのかが面白かった。

軽井沢あたりの別荘での共同生活、テーブルを囲む食卓で鳥のから揚げにレモンをかけるかかけないか、最終回では同じく鳥のから揚げの皿におけるパセリの存在(立ち位置)まで、そのこだわりの掛け合いが、やりとりがキャラクターになりドラマになる妙。満島ひかりの着ぐるみ姿がなんとも良かった。

最終回のコンサート。シューベルトの『死と乙女』が過去の映像を混じえたいい演奏なのに観客に席を立たせ、帰させるのはどゆこと?演奏する本人たちにとってはこれまでのこともあり気持ちと感情が入った演奏だったのに関わらず、聴衆にとってはまるで聴く気にならない程度の演奏だったのか・・・?そもそも、このコンサートは無料、有料、どちらだったのか。

まあ、夢を追うか、趣味にするか、道の途中で誰もが迷う。シューベルト、『鱒』はもっていたけど『死と乙女』のレコードはなかったような・・・。


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