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2016年5月18日 (水)

失う

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5月12日、蜷川幸雄さんが亡くなった。

蜷川さんの芝居を初めて見たのは『オイディプス王』(1976年)か、『三文オペラ』(1977年)だったろうか。当時、演劇が新劇とか商業演劇とかまだ区別されていた時代で―今はどうか知らないが―小劇場から大劇場へ進出してきた蜷川さんへの風当たりも強かった。『三文オペラ』を“三階オペラ”と評する人もいた。つまり、芝居の内容より舞台セットに目を奪われたのだろう。まあ、それほど蜷川演出はそれまでの観客の意表を突いた。やがて、評価は観客が数で支えることになる。

『ロミオとジュリエット』の主役は舞台狭しと動き回り、『王女メディア』は舞台上で高々とクレーンに乗り、『近松心中物語』では舞台に水を張り、『NINAGAWAマクベス』では舞台がまるで仏壇、そこへ激しい紙吹雪が舞った。『にごり江』の妖しい月も忘れ難い。ギリシャ悲劇やシェークスピアといった翻訳ものの演劇をどうやって己の芝居にしていったか、蜷川さんの「これでもくらえ!」の軌跡と言えた。

ト、筆者の蜷川体験は東ノ都にいた20代に限られる。『近松心中物語』は後に『新・近松心中物語』とした再演を見ており、主演は阿部寛さんと寺島しのぶさんだった。筆者はこの芝居に母と姪を誘った。

蜷川幸雄という熱い魂を持つ演出家の芝居を私たちは見た。さて、2020年の東京オリンピックの開会式の演出ができる人を私たちは失ってしまった。この国で唯一、群衆を動かせ、観客に見せることができる人を・・・。


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