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2011年11月 1日 (火)

下宿のケルン・コンサート (同窓会篇)

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学部のある大学から線路を越え、歩いて数分の場所にSの住む下宿があった。大家が一階に住み、共有する玄関に靴を脱ぎ、階段を上がったすぐ左にSの部屋はあった。大学に近いためSの部屋には訪れる友人が絶えなかった。人柄なのか、ユニークな受答えもあり男女を問わずSは慕われ、彼の部屋も賑わった。学園祭の夜、Sの狭い四畳半に何人かがすでに寝入っていたので諦めて退散した覚えが私にはある。

静岡のある地方都市。その街の老舗の和菓子屋の次男だったSは浪人を経て私鉄沿線にある大学に入った。友人として付き合いびっくりしたのはSは本を読まなくても生きていける人間だったことだ。つまり、人と付き合い耳で知識を得ていくタイプだった。彼の下宿に行くと和菓子屋の息子らしく、お茶と菓子が出された。共通の友人たちは誰もがSの出すお茶のおいしさを口にした。

そのSの部屋で聴かせてもらったレコードの中にキース・ジャレットの<ケルン・コンサート>がある。キースがドイツの都市、ケルンで1975年にやったコンサート(実にわかりやすい)。たぶん、ジャズファンなら誰もが知っている。このコンサート当日、キースは体調が思わしくなかったらしい。風邪だったのか、熱があったのか、寝不足だったのか、或いは別の何か・・・。万全でない体調がもたらした即興の演奏は特にPart1(26分15秒)がすぐれている。キースが自分の中から生まれてくるメロディ、それを手探りで捜し出していく様子が感じられる。何度か思わず発してしまうキースの声も入る。叙情性、恍惚感、トランス状態、言葉にするとつまらないがこの一瞬にしか聴けない演奏。それが<ケルン・コンサート>として残された。レコードが終るとSは私に「○○くん、どう?この演奏いいでしょ」という顔と言葉を向けた。私が頷くとSはお茶のお代わりを出した。

社会人になってからキースの<ケルン・コンサート>を私は聴くことがなかった。CDになってもSHM
-CDになっても買わなかった。この演奏にある種の甘さを感じて、そこから遠ざかっていたかった。・・・やがて、長い時間が過ぎてレコードで再び聴きはじめた。古い友人のようなレコード。

2年に一度やる同窓会。Sはやはり和菓子を持って会に駆けつけると女性に配りはじめた。そして、余った和菓子を私にもくれた。

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コメント

同じ頃ワタシも<ケルン>を聞いてしびれました。TOKYO<新宿>土着民であったワタシにはあわれな少年時代より「JAZZは時代の最先端の表現である」というすり込みもあって、あの時代まだ沢山あったまっ暗で、おしゃべり禁止のジャズ喫茶でエリック・ドルフィーとかコルトレーンとかに溺れてました。60年代の暗い熱気をまだ少し引きずっていたあの頃<ケルン>は確かに新しかったと思います。PART1だったかな?印象派のピアノの旋律を想わせるようなフレーズ、キラキラだったよね。それにしても「グル帽」さんもSさんも<ケルン・コンサート>の洗礼を受けていたなんて知らなかった。

☆Kさん
同窓会ではお疲れさまでした
乾杯もありがとうございました
東ノ都で育ったKさんやHさんは
学生運動やJAZZに囲まれていたようで
イナカーナから出ていった私には
羨ましかった部分もありました
あの昼なお暗いJAZZ喫茶で
しかもサングラスをかけたKさん、ぴったりでした
アンダーグランドの終わりの時代でした
<グールドの帽子>

投稿: K-tsuchiya | 2011年11月 3日 (木) 02時13分

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