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2011年11月24日 (木)

落語そのもの

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先の週末、談春の独演会に足を運んだ。その折、沸かせたのが噺の間に挟んだ談春の師匠、立川談志にまつわる話だった。その立川談志が21日に亡くなった。落語そのものの人だった。

寄席には何度か通ったが、トリのこれだという落語を聞いたことがない。ホール落語も地方に来ることはあるが何年に一度、しかも聞きたいと思う落語家が来ることはなかった。そんな中、聞いた談志の落語は本物だった。この時も談志は体調が悪く、高座に上ろうか上がるまいか思案中で、舞台でひとしきり小話をやった。決断後、ようやく上がり<富久>を演った。

「(落語は)一人で何でもやれるんだよ、こんないいものはない」と談志が語ったとおり、<富久>で談志は落語に出てくる人物になりきった。談志の噺から江戸の町々を見、市井の生活を感じた。

談志は歯に傘着せぬ性質だったし、知識欲は旺盛で誰よりも気転が利いた。個性をあからさまにし良くも悪くも談志だったが、時おり挟む独り言は的を得ていたし、繊細な部分もあった。とにかく、落語が好きで好きでたまらない人だった。

昭和から平成を全うした人が亡くなっていく。彼の破天荒な生き方と芸を愉しませてもらった。「おぅ、談志、良かったよ」、聞こえたかい。

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