« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月30日 (水)

羊の入浴

20111129_dscf8831

「あれれ、充電ランプがつかないや」
お風呂で石鹸ピリピリをやろうとした<隣りの羊が丘>は楽しみをひとつ失った。

| | コメント (0)

2011年11月29日 (火)

犬代行

20111128_l1490347

「お客さん、お安くしときますから、また次もご利用ください」
犬は私に名刺兼割引きカードを渡した後で、少し恥ずかしそうにドアを閉めた。まだ、初心者の犬なのだろう。営業にはあまり慣れていないようだった。

イナカーナにも最近になり犬代行サービスが増え、駅や病院の出入り口でも犬のドライバーをよく見かけるようになった。犬件費は人よりまだ格段に安いからだ。車内での会話マナーもマスターした大型犬は数年前、運転手業にも進出し、その穏やかな性格もあり人の社会の中で急速に認知された。

さきほどの犬も待ち時間によくラジオを聞いているのだろう。まだ、ぎこちなかったが天気から政治まで無難に会話をこなした。唯一、ときどき長い舌を出しハアハアしていたのが犬らしい。

車を降りて犬からもらった割引きカードを見たら折りたたみ式になっていた。広げると大型犬らしい大きな足型スタンプが何個か押されてあった。

| | コメント (1)

2011年11月28日 (月)

冬の彩り

20111127_dscf8720

紅葉も終わりに近づき、イナカーナは日増しに色が少なくなっていく。灰色の雲の下、薄暗い家の中に彩りをとシェフはシンビジュームとシクラメンを置いた。

色で冬に灯りをともすことにした。

| | コメント (0)

2011年11月27日 (日)

いわし雲

20111127dscf8811

落ち葉を掃除する。長い排水溝から落ち葉を拾う。栗とモクレンの葉が多い。袋満杯の落ち葉を背負って見上げればいわし雲。大漁である。

| | コメント (0)

2011年11月26日 (土)

山中の薄暗い

20111125l1490344

山中の薄暗い温泉の小さな湯船に浮かんでいたら、瓦から雨だれの落ちるさまがよく見えた。外気温は5℃くらいで時おりアラレも降った。雨だれは瓦の場所によってポトッ、ポトッからほとんど水の線を描くまでさまざまに形を変えた。

午後の中途半端な時間と山中で客足が少ないこともあり、3人入るか入れないかの湯船を独占し、雨だれをずっと眺めた。窓の外には初冬の山が迫り、所々に黄葉した葉がまだ残っていた。お湯の中で体を撫でていたら、腕にインフルエンザの予防接種、腰に腰痛と注射の後に貼られた絆創膏が残っていた。少し、苦笑う。

温まった体で車に乗りラジオのスイッチを入れると流れてきたのはマーラーの4番。シートに座って聴いているとほとんど天国にいる気分になる。再び、雨の中を家へ。

| | コメント (0)

2011年11月25日 (金)

葉の残念

20111122dscf8631

せっかくいい水を準備したというのに、空はいっこうに光をもらしてくれません
葉は反射遊びができなくて、くやしがりました

| | コメント (0)

2011年11月24日 (木)

落語そのもの

20111105dscf7748_2

先の週末、談春の独演会に足を運んだ。その折、沸かせたのが噺の間に挟んだ談春の師匠、立川談志にまつわる話だった。その立川談志が21日に亡くなった。落語そのものの人だった。

寄席には何度か通ったが、トリのこれだという落語を聞いたことがない。ホール落語も地方に来ることはあるが何年に一度、しかも聞きたいと思う落語家が来ることはなかった。そんな中、聞いた談志の落語は本物だった。この時も談志は体調が悪く、高座に上ろうか上がるまいか思案中で、舞台でひとしきり小話をやった。決断後、ようやく上がり<富久>を演った。

「(落語は)一人で何でもやれるんだよ、こんないいものはない」と談志が語ったとおり、<富久>で談志は落語に出てくる人物になりきった。談志の噺から江戸の町々を見、市井の生活を感じた。

談志は歯に傘着せぬ性質だったし、知識欲は旺盛で誰よりも気転が利いた。個性をあからさまにし良くも悪くも談志だったが、時おり挟む独り言は的を得ていたし、繊細な部分もあった。とにかく、落語が好きで好きでたまらない人だった。

昭和から平成を全うした人が亡くなっていく。彼の破天荒な生き方と芸を愉しませてもらった。「おぅ、談志、良かったよ」、聞こえたかい。

| | コメント (0)

2011年11月23日 (水)

祭日の朝 

20111117_dscf8498

珈琲を2杯半飲んで、朝の食後をゆっくり過ごした。食器を洗いながら、窓の外に広がる青空を見る。風が少し強いが貴重な晴れ間だ。まずは車を洗い、泥を落とそう。家の周りの片付けをしよう。それが早めに終ったらレコードを磨こう。部屋の掃除もしよう。溜まった本はどうしようなどなど・・・。

祭日の、しかも天気がいい朝、やる物事には順番をつけなければならない。それが全部こなせなくても、まあ許してやろう。

| | コメント (1)

2011年11月22日 (火)

midnight

20111122_dscf8613

夜の闇の中、ヒョウが何度かトタン屋根を叩いた。冬になった。

| | コメント (0)

2011年11月21日 (月)

冬ノ支度

20111120_dscf8598

雨の日が多かった。その合い間を見ながら庭の木々に支えをし、枝を縄で吊った。落ち葉を掃いて集めて、ゴミ袋大8個分畑に撒いた。屋根に登って瓦の雪止めに溜まった松葉を取った。平たく固まった松ノ葉は天ぷらにできそうなりっぱさだった。長い梯子をかけ、雨どいに溜まった落ち葉を取り除いた。そこらに長靴の跡が残った。

なんとか冬支度にも目途がつきそうだ。残すはタイヤ交換とパイプ車庫の設置だけである。

| | コメント (0)

2011年11月20日 (日)

談春の汗 

20111120dscf8565

談春の落語を聞きに、イナカーナ空港にほど近い海を臨む温泉街へ。海を一望できる旅館の小さなホールで椅子に座った。幕が開くと高座は一メートルほどの高さにあり、そこに座った談春が観客の顔を見渡せる具合になった。

最初の噺は江戸から旅に出た男三人が馬子の紹介で宿に泊るというもの。宿の仲居の描き分けをどれだけ出せるかがポイント。客席に女性が多く、受けるのだが・・・あまり、いいとは思えなかった。それを微妙に感じたのか談春、休憩に入らず座布団から身を乗り出し、ざっくばらんな楽屋話をはじめる。

テレビに自分が出ない理由。なぜ、自分の会は客入りがいいのか。立川談志が師匠であったため滅多にできない体験など・・。ものの見事に観客の心を掴む。これらの話で時間が押し、休息後に残された時間は25分。

「酒の噺でもしましょうか・・」ではじまったのが<禁酒番屋>。禁酒令の出た家中で酒好きの武士から酒を頼まれた酒屋の手代たちが酒をカステラと偽り番屋(持ち込む物を取り締まる)を通り抜けようとする話。手代たちと番屋の吟味役たちとの攻防が見世物である。カステラの中からトックリを見つけた吟味役は「これは、水カステラでございます」と答えた番頭の言い逃れに、ここぞとばかり味見をする。この噺を私は五代目柳家小さんで(しかも、ラジオで)聞いて身をよじった覚えがある。吟味役小さんの飲みっぷりが目に見えるようだった。

談春の<禁酒番屋>も小さんの流れを組んでいる。手代がカステラの箱を引き取ろうとした際、思わず「ドッコイショ!」と言ってしまうことで発覚してしまう。談春で惜しいのは本人が酒飲みに見えないところだろうか。それでも、これだけ笑いをとるのだから、噺のつくりと談春の演じ方が巧いのだろう。

会がはじまった頃から会場はとても暑かった。談春も手ぬぐいで何度となく汗を拭いた。腋の下あたり、着物までうっすら汗を滲ませた。最初の噺が終わるとすぐに談春が窓を開けてと依頼し、入り口廊下に面した窓が開けられた。もう、すっかり日が落ちた外の暗闇から冷たい風と共に砂浜に打ち寄せる波の音がザッ、ザザーと会場に忍び込んできた。

次に機会があれば談春の人情噺こそ聞きたい。

| | コメント (1)

2011年11月19日 (土)

シェフのヤメタ宣言

20111117_dscf8377

長ネギの収穫を終えたシェフは日に当て、水分を飛ばした。これで、ひと冬かけて食べる量の長ネギが確保できた。それにしても、もう年だし、毎年「今年こそは野菜はやめた、作らないぞ」と周囲に宣言するのだが、どうしても数種類の野菜は作ってしまう。

うまく野菜ができた満足感ともうやめたいが天秤の量りのように上下するシェフであった。

| | コメント (1)

2011年11月18日 (金)

アオ太シート

20110924_dscf4414

去る10月、アオ太が<ポーの国>から来た折、シェフは彼のためにチャイルドシートを購入した。するとメイ・ヨークはアオ太をポーンとシートへ乗せると一緒に車に乗り込んだ。

生後4ヵ月のアオ太はわけもわからないまま後ろ向きでイナカーナを2日間観光し、肩ベルトをよだれだらけにした。チャイルドシートよだれ付きの完成である。

| | コメント (0)

2011年11月17日 (木)

陽の残り

20111112_dscf8261

今年の雪は遅いと言うが、日々陽射しは限られてゆく。シェフは家周りの花たちへ簡単な支えとヒモで雪への備えをした。

時間の隙間を見つけたら、ボージョレ・ヌーボーを買いにいこう。

| | コメント (0)

2011年11月16日 (水)

クライバーのブラームス

20111115_dscf8311

日中、雹が何度か降った。トなると、この季節に聴きたくなるのがクライバーによるブラームスの交響曲第四番である。晩秋から冬、雪があたり一面を覆うまでの<荒涼とした風景>になんてピッタリなんだろうとハンドルを握りながら以前はよく聴いた。四角く切り取られたフロントガラスがスクリーンになり、第一楽章が聞きながら、眺める車外の風景は変っていった。ドライブは趣味ではないが、いい時間だった。

当時、車の中で聴いたのはカセットテープ。それがやがてCDになり、SACDになり、SHM-CDと媒体も変ってきた。LPでも持っているので中味のある演奏は名のある盤になり、後の世へ残っていく。

当初、このブラームスはジャケットのクライバーの表情のように<憂愁>を帯びたものとして聴いていてそれなりに満足していた。しかし、聴き進めていくうちに希望や勇気、元気といったプラスの要因も充分感じられるようになった。たぶん、それら全てを含み、感じさせるのがこのブラームスの交響曲の豊かさなのだろう。

毎年、年明けに花満載の楽友協会大ホールでウィーンフィルによるニューイヤーコンサートが放送され、指揮者はその都度変る。1989年、1992年の2度その指揮台に立ったクライバーは優雅に踊るような指揮をした。その時のえもいわれぬクライバーの表情が目に浮かぶ。クライバーは憂愁だけの人ではなかった。

| | コメント (0)

2011年11月15日 (火)

雷の後

20111112dscf8190

夜、ベッドで雷の音を聞いた。その二日後、夕飯にハタハタの湯上げが出る。「鱩」が雷に乗ってやってきたというわけだ。ハタハタは漢字では「鰰」が一般的らしいが、魚偏に雷の方が雰囲気が出る。そのハタハタ、醤油とショウガでいただく。身の淡白さと合う。

11月15日は七五三の日。また、龍馬が生まれ、亡くなった日でもある。

| | コメント (2)

2011年11月14日 (月)

赤い実

20111114_dscf8298

昼近い11時間近かだと言うのに病院の駐車場は満杯で、出て行く車を見つけてようやく車を駐車した。待合室に刻々と表示される診察までの待ち時間はずっと2時間半で、総合病院の予約なしの患者とはいつもこんなものだ。

午後1時半過ぎ、会計を終え院内のパン屋で遅い昼食を摂る。カフェ・ラテのS、アップルパイ、コロッケパンの甘ーいランチ。

帰り。病院の玄関を出た植え込みに赤い実を見かける。季節は冬へ。

| | コメント (0)

2011年11月13日 (日)

注射週間

20111112_dscf8154

今週は思わぬ注射週間となった。インフルエンザの予防接種を含むと3本の注射を打たれた。だから、大人しく暮らしてしまった。来週から早く冬の準備に取りかかりたい。

| | コメント (0)

2011年11月12日 (土)

どないしょう・・

20111105dscf7841

「どないしょう・・」朝のNHK連続テレビドラマの影響である。あの時間枠は東と西の作り手の違いがあって面白い。スマートな東に対してど根性の西と言ったら語弊があるか・・。テーマを椎名林檎が歌っている。<椎名林檎>、東宝あたりのミュージカルにでてくれたら是非見に、聴きにいきたい。

ところで、来年の年賀状は「どないしょう・・」。

| | コメント (0)

2011年11月11日 (金)

満月の前夜

20111110dscf8003_2

満月の前夜、イナカーナの街や道や瓦の屋根を月が煌々と照らした。賢治の「なめとこ山の熊」に出てくる小熊も、夜、あまりに明るく月の光に照らされた遠くの山の斜面を見て母親熊にあれは雪ではないのかと訊いたのだ。経験がない小熊が間違うほど月の光は明るい。

明けた今日、予報では午後からは雨。満月は雲の上を照らす。

| | コメント (0)

2011年11月10日 (木)

冬への準備

20111110_dscf8087

暖かな日々から空気が寒いものに入れ替わり、イナカーナも晩秋から初冬へと突き進んでいる。木々の雪囲い、落ち葉掃き、冬用のパイプ車庫と家周りを天気と相談しながらひとつひとつ準備をしよう。

| | コメント (0)

2011年11月 9日 (水)

大あぶない

20111105_l1490312

この夏の暑い盛り、シンシン夫婦は息をぴったり合わせ家の計測と調査をしてくれた。3月の地震のこともあり、家の<地震耐震診断>を依頼し回答が出された。結果だが、大きな地震が来ればあぶない!という数値をはるかに下回る数値(下回れば下回るほど強度が弱い)が診断で示された。大あぶない!!!である。

確かに古い家である。一番古い家屋の床下の柱は石の上に乗っているに過ぎない。地面も低く水はけも悪いため、白アリにも過去二度やられた。

いつ来るかわからない地震に備え補強工事も考えたいところだが、住む人数に対し家屋が大き過ぎるのも事実。かと言って新築はとうに諦めている。お前はいったいどうするのだ・・すぐに答えは出せそうにない。

| | コメント (0)

2011年11月 8日 (火)

シェフ、花を盛る

20111107_dscf7943_2

シェフは朝から食器棚の中をガサゴソと捜すのだが、目的に叶う皿を見つけることはできなかった。夏ならガラスのボウルにでも入れるのだが、無地のほど良い大きさと深さを持つ皿はついに出てこなかった。

晩秋のうす暗い空。軒の深い古い家。いただいた菊の残りを使い、気分を少しだけでもね・・。

| | コメント (2)

2011年11月 7日 (月)

葉の災難

20111103l1490200

フクミミより依頼があり、シイタケ山のしいたけハウス(小屋とも言う)のトタン屋根にペンキを塗った。ゴミや落ち葉をホウキで掃き、まずは錆び取りを塗る。ヘルメットは被ったが、作業しづらいので命綱はつけなかった。

いい天気が何日か続き、空を鳥やヒコーキが飛び交った。気がつくと東の空に早番の月が昇っていた。

| | コメント (0)

2011年11月 6日 (日)

塔の街 

20111103_dscf7883

5月、サン・ジミニャーノ(イタリア、トスカーナ州)に入っても相変わらず私は家々のドアを撮っていた。というのも、何年に一度くらいしか外国には行けない物珍しさと写すテーマが見つけられないのとで最初は歩く端からドアを撮るはめになっていた。

20111103dscf7891

20111103dscf7777

しかし、ドアも2日目で飽き、徐々に街のスナップを心がけるようになっていた。時は五月、午後遅くまで明るく観光なら最適の季節だった。

20111103dscf7862

塔の街であるサン・ジミニャーノ。中世、富の顕示もあり何十本もの塔が建てられたが今は十数本を残すのみとなった。最も高い塔に登りトスカーナの風景を納めようとをポポロ宮を訪ねたら、午前中に何らかの事故があり登れないとのこと。それでも、気候のいいシーズンのメインストリートは観光客で溢れ、人や私はジェラートを舐めナメ、通りを歩く。

20111103_dscf7808

サン・ジミの街か近くのアグリツーリズモに宿泊することができたら早朝や夕暮れの風景、街の日常を切り取り写すことができるかも知れない。可能ならツアーではなく自由旅行を・・。

20111103dscf7762

11月4日、NHK総合の<世界街歩き>。今回の舞台はサン・ジミニャーノだった。観光名所はそっちのけでこの番組は現地に住む人とほんの少しだけふれあう。それで、正解だと思う。

ちなみに、F・ゼフィレッリの映画「ブラザーサン シスター・ムーン」はここサン・ジミで撮影されたとガイドブックに載っていた。聖フランチェスコが鳥と会話しようと屋根を歩くのと、野に咲くケシのオレンジ色が印象に残っている。

| | コメント (0)

2011年11月 5日 (土)

しいたけの代償

20111105_dscf7741

シイタケ山のフクミミが秋のしいたけ配りを終えた。2週間ほどで180キロのしいたけを収穫、近場へは毎日懸命に自転車で届け、遠くへは人へ頼み、もっともっと遠くの北と南へは宅配便で送った。

収穫は生きる証であり、配るのはフクミミの何よりの喜びである。もとより見返りは望んではいないが、しいたけのお礼にたくさんの柿をいただいた。食べても食べても柿は減りそうにない。

| | コメント (0)

2011年11月 4日 (金)

東京のソラ (同窓会篇)

20111029_dscf7562

「ねえ、何かやろうよ」同窓会で彼女は言った。私たちの同窓会は学生時代、8ミリ(16ミリもあったが)映画を作った仲間が母体である。仲間たちと製作した作品のひとつが当時興隆を誇った情報誌が主催するイベントで選ばれ、大きな撮影スタジオで上映することもできた。

友人が監督をし、私を含んだスタッフは撮影からレフ板持ちまで何でもやった。箱根の山を走り、三浦海岸までバスに乗り、新宿や銀座でも撮影をした。泊り込んで衣装まで作ったこともある。数本の作品を作り、もちろん映画だけではなくそれなりの学生生活を終え、私たちは社会に出た。

そして、友人たちとこうして同窓会で集まる。「ねえ、何かやろうよ」再び彼女の声が響く。「そうだ、やろう!」酔った私はすぐに手を挙げ、監督をした友人はうーんと腕を組んだ。

<何か>という課題をひとつ抱えて、イナカーナへ戻った。

| | コメント (0)

2011年11月 3日 (木)

オオトミハウス (同窓会篇)

20111030dscf7621

<オオトミハウス>でカレーを食べる。友人を訪ねた帰りである。オオトミハウスは喫茶店で辛ーいカレーを出す。内装は古き良き時代のアメリカ。流れる音楽はジャズが多い。ノラ・ジョーンズのCDもあったので、いわゆる本格的なジャズ喫茶ではない。

オオトミハウスは前夜の同窓会でも名まえが上がった店のひとつ。友人の多くが学生時代には何度か行っている。私は北海道の友人から教えてもらった。当時はご飯の上にレーズンが乗っていた記憶がある。現在はご飯の上に白ゴマ、チーズ、香味野菜を乗せ、カレーをかける。本当に辛くてスプーンが何度か止まる。なので、ゆっくり食べた。

オオトミハウスのトイレは当時から変らない。トイレ内部の天井にはスカイブルーの空が壁には麦畑がエアブラシで描かれ、小さなプロペラヒコーキがいかにも飛んでいるように斜め下を向き、吊るされている。小用すると学生時代と変らないトイレの空を見ることになる。人はこれを“なつかしい”と言う。

これで昨年、今年とカレーが続いた。次回もカレーだったら友人たちはきっとワンパーン!と笑う。

| | コメント (0)

2011年11月 2日 (水)

谷間の柿 (同窓会篇)

20111029_dscf7561

神宮球場に近い地下鉄の駅から地上に上がる。あるホールの手前で木に実ったくだものが目に入った。ビルの谷間に・・柿だった。こんなに珍しいのに見るのは私くらいで、通行する他の人は見向きもしない。

東ノ都にも秋が確実に来ていた。

| | コメント (0)

2011年11月 1日 (火)

下宿のケルン・コンサート (同窓会篇)

20111020dscf7118

学部のある大学から線路を越え、歩いて数分の場所にSの住む下宿があった。大家が一階に住み、共有する玄関に靴を脱ぎ、階段を上がったすぐ左にSの部屋はあった。大学に近いためSの部屋には訪れる友人が絶えなかった。人柄なのか、ユニークな受答えもあり男女を問わずSは慕われ、彼の部屋も賑わった。学園祭の夜、Sの狭い四畳半に何人かがすでに寝入っていたので諦めて退散した覚えが私にはある。

静岡のある地方都市。その街の老舗の和菓子屋の次男だったSは浪人を経て私鉄沿線にある大学に入った。友人として付き合いびっくりしたのはSは本を読まなくても生きていける人間だったことだ。つまり、人と付き合い耳で知識を得ていくタイプだった。彼の下宿に行くと和菓子屋の息子らしく、お茶と菓子が出された。共通の友人たちは誰もがSの出すお茶のおいしさを口にした。

そのSの部屋で聴かせてもらったレコードの中にキース・ジャレットの<ケルン・コンサート>がある。キースがドイツの都市、ケルンで1975年にやったコンサート(実にわかりやすい)。たぶん、ジャズファンなら誰もが知っている。このコンサート当日、キースは体調が思わしくなかったらしい。風邪だったのか、熱があったのか、寝不足だったのか、或いは別の何か・・・。万全でない体調がもたらした即興の演奏は特にPart1(26分15秒)がすぐれている。キースが自分の中から生まれてくるメロディ、それを手探りで捜し出していく様子が感じられる。何度か思わず発してしまうキースの声も入る。叙情性、恍惚感、トランス状態、言葉にするとつまらないがこの一瞬にしか聴けない演奏。それが<ケルン・コンサート>として残された。レコードが終るとSは私に「○○くん、どう?この演奏いいでしょ」という顔と言葉を向けた。私が頷くとSはお茶のお代わりを出した。

社会人になってからキースの<ケルン・コンサート>を私は聴くことがなかった。CDになってもSHM
-CDになっても買わなかった。この演奏にある種の甘さを感じて、そこから遠ざかっていたかった。・・・やがて、長い時間が過ぎてレコードで再び聴きはじめた。古い友人のようなレコード。

2年に一度やる同窓会。Sはやはり和菓子を持って会に駆けつけると女性に配りはじめた。そして、余った和菓子を私にもくれた。

| | コメント (1)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »