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2011年8月

2011年8月31日 (水)

残暑

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残暑が続いている。昼に冷たいものばかりが続いていたので、スパゲッティ・ナポリタンをつくる。ウインナー・ソーセージを輪切りにカットしてオリーブオイルで炒め、市販のソース(きのこ入り)を加えフライパンで温める。そこへ茹でたスパゲッティを放り込み、ソースに絡める。
うまく絡まったら、粉のパルメザン・チーズを振りかけて出来上がり。

残暑ナポリタンの完成である。

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2011年8月30日 (火)

フィレンツェの一夜干し

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旅も残り少なくなった頃、溜まった下着と靴下の洗濯をした。フィレンツェのホテル、ほの暗い洗面所で一人こそこそと洗い物をしていると亡命者にでもなったかのよう。

持参した針金の物干しに靴下を下げ、窓の外に出した。

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2011年8月29日 (月)

皿を洗う

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皿を洗う、ゴミを捨てに行く、時々だが料理もする。夏場は皿を洗っても、それほど手が荒れない。手に脂が乗っているのかも・・。ゴミは3個以上の時は1輪車に乗せて、州庁舎前広場を横切り、トコトコと歩いていく。料理は単品料理、スパゲッティとかケチャップライスとか昭和の洋食が多い。実に、二品以上の料理は無理というレベルである。

空には対角線がビューーン。

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2011年8月28日 (日)

夏に流行りしもの

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リクエストが何度かあり、食卓に上がったトウモロコシ入りのみそ汁。子どもの頃はよく食べたものである。テレビの影響で今年の夏に復活した。甘くておいしい。「具がない時は助かる、ラスカル」とシェフ。

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2011年8月27日 (土)

虫の音

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日中の暑さも和らぎ、夜になると冷ややかを感じるようになった。温度が下がると秋の虫たちの鳴き声がすーッと頭に入ってくる。快適なのは虫より人の方らしい。

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2011年8月26日 (金)

セミ合唱付き

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あのモルダウ(ドナウ川)を挟むブタペスト生まれの指揮者フェレンツ・フリッチャイは1963年、48歳という若さで惜しまれて亡くなった。44歳の時、フリッチャイは白血病になり一時休養した後、指揮活動を再開した。病気を境に指揮が変ったとも言われる。それまでのトスカニーニばりの行け行けドンドンからスピードを落とし、曲の内面をより深く表現した。

ベートーヴェン、交響曲第九番。第四楽章で「おお友よ、このような音ではない!」と<歓喜の歌>と呼ばれる合唱ははじまる。レコードで聴く合唱の出だしは強烈である。参加しているソリストの中でフィシャー・ディースカウならかろうじて知っている。そして、その前、第三楽章の何という美しさ。白血病になり、死の淵を垣間見たフリッチャイの心境は彼だけのものだ。

雨が何度か降って、暑さが和らいだ。開けた窓から聞こえるセミの鳴き声もずいぶんと弱くなった。残り少ない夏の終わり。おおセミよ、もっと激しく最後のセミになるまで鳴きつづけろ!

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2011年8月25日 (木)

最後のスイカ

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今朝、今年最後のスイカを割る。5個めである。食べた食べた。暑くなくなると途端にスイカは魅力を半減する。天気と果物はほんとにうまく出来ている。

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2011年8月24日 (水)

ジェノサイド

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<ジェノサイド>(高野和明・著、角川書店)はエンターテイメントとして面白く読んだ。同じ著者のある賞を獲った小説はそれほどとは思わなかったので、今回はすばらしく跳躍を伸ばしてきた。そして、何よりも著者の大きな構想が生かされている。

創薬開発をはじめ取材の成果が内容に見事に織り込まれている。傭兵たちの訓練や戦い、権力者のどうしようもなさ、人類というものの危うさもよく描かれている。

これなら海外の売れ筋の娯楽小説と肩を並べることができそうだ。

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2011年8月23日 (火)

かしこい

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とある朝、ぶどう棚の下にたくさんのぶどうの皮が落ちているのを見たシェフは最初に家族を疑った。しかし、考えてみればこんなに多くつまみ食いをする家族はいない。

やはり、これは以前見かけた鳥だと気づいたシェフは急いでぶとう棚の上を白いネットで覆った。きっと毎日、ぶどうの食べごろを窺っていたに違いない。鳥はかしこい。

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2011年8月22日 (月)

彼女のキャラクター

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「うふッ、あたしのキャラクターはユニークなの。完成したら、見ものよ」
捨て子養育院美術館前の階段では今日も新たなキャラクターが生み出された。

(フィレンツェ サンティッシマ・アンヌンツィータ広場にて)

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2011年8月21日 (日)

ゆく夏

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メイ・ヨークは焼きトウモロコシが好きである。これは祭りの出店の影響と思われる。一方、私はどうしても茹でたもの。幼い頃、慣れ親しんだ味はどうしても忘れられないものらしい。

夏が駆け足で去ろうとしている。・・ん?少し早いか。

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2011年8月20日 (土)

北の夏休み

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北の夏休みは短い。まだ自由研究や宿題を終えていない小学生にとってはもっと短い。

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2011年8月19日 (金)

長靴

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滝のような雨が降り、排水路の水かさが増しすぐに満杯になった。そして、行き場を失った雨水は道路にまで溢れた。

排水溝を見回っていたら、履いていた長靴に雨水が入り満杯になった。ちゃっぽんちゃっぽん言わせ歩くのが楽しい。戻った裏の玄関先で脱いだ長靴を逆さまにし、雨水を空ける。そう言えば、長靴の形をしたガラスのコップが昔、家にあった。おもしろく飲んだが、洗い難いとクレームが家人からあった。

その長靴コップはひと夏かふた夏で姿を消したと記憶している。

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2011年8月18日 (木)

夕方の本屋

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夕方、郊外の本屋で雨に遭う。叩きつけるような屋根の音から窓に目を移すと外の風景がまるで見えなかった。かき氷の写真が載っている本を開いて雨が小降りになるのを待った。

傘・・?あいにく傘は車のトランクの中で眠っている、スヤスヤとね。

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2011年8月17日 (水)

浴室の石鹸

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おいでおいでと石鹸が呼んだのか、或いは蟻の部隊長が嗅ぎつけたのか、浴室の石鹸に小さな茶色い蟻が何匹かよじ登っていた。そういえば、この石鹸、薄い茶色で黒砂糖が使われている。夏の甘さはエネルギーである。

「こっちの石鹸は甘いーよぉー」君にも聞こえるだろう!

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2011年8月16日 (火)

待望の雨

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待望の雨のはずだったが、昼前には止んでしまった。それでも半日近くは降ったから、今日だけ花の水遣りからは解放される。

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2011年8月15日 (月)

スイカ星人

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寝起きに、おやつに、食後にスイカを食べている
このまま食べていたらスイカ星人になれそうな気がする

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2011年8月14日 (日)

百年ノ文庫

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秋の前、夏もやはり読書である。感想文の提出もないことだし気軽である。

“マークを集めるともれなくもらえる素敵なグッズ”の文庫もいいが、えりすぐりの短編が集められた本もいい。ポプラ社の<百年文庫>はそれぞれのテーマとなる漢字ひと文字のもとに三つの短編が収められている。読んだことのない短編が多いので、これは編集者がいかに数をこなして読み、選んでいるかが問われている。「さあ、読者のみなさん。向かって来なさい」である。

読んだばかりの<風>には徳冨蘆花、宮本常一、若山牧水の作品。いずれも未読だったが唯一、宮本の<土佐源氏>はタイトルだけは知っていた。一人芝居でも上演されていたと記憶している。この短編、読み始めは題名の印象と内容の差異にかなり戸惑うが、読後はこれ以上の題名はないのだろうと思わせる。

今回の<風>、人が生きるということはつくづく微妙である

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2011年8月13日 (土)

雨が降れない

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暑いのに朝から雑煮を食べる。雑煮にはゴボウ、コンニャク、竹輪、シメジ、厚揚げが入る。餡の餅も食べ、熱いコーヒーを飲む。

少し落ち着いた頃にお盆の墓参りへ。混んでる。新しい花を供え、墓に水をやり、線香とロウロクを点け、数珠を手にした。

人は水分を補給するが土はずっと乾いたままだ。雨が降れない。

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2011年8月12日 (金)

しっかり枝豆

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ほどよく茹でた枝豆、水を切った後に塩を振る。すぐにザルごと振って塩を全体になじませたら、新聞に拡げ水分を飛ばす。

今年のお盆はメイ・ヨークも来ないので、私がしっかり枝豆を食べなければならない。

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2011年8月11日 (木)

虫の事情

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毛虫に刺され、手の甲が赤ーく腫れた。思いついて、急にくもの巣を竹ほうきではらったり、花に水遣りをする時は完全防備といかない。しかも、この暑さだ。

毛虫には毛虫の蚊には蚊の事情がある。

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2011年8月10日 (水)

ボローニャのぐるぐる

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イタリアからの帰り、ボローニャ空港で“ぐるぐる”を見つけた。ぐるぐるは有料で旅客機に預け、壊れた場合は保険も適用されるトランク、カバンの頑丈なラップ巻きである。

旅客機に預けるトランク一個の重量制限は23キロ。私の前に並んだマダムはかなりオーバーし、汗をかきながらワインやたくさんの瓶詰め―彼女は料理好きなマダムだった―をトランクから取り出し、新たな荷物をひとつ増やした。ビジネスクラスのマダムは預ける荷物を近くにあったぐるぐるへ運んだ。

この手続きに立ち会ったツアー添乗員の彼女は「わぁー、19キロオーバーなんて初めてだわッ」とまたひとつ添乗員としての勲章を増やした。

ちなみに私のトランクは重量制限を600グラムオーバーしたが、件のマダムのすぐ後だったので笑顔で通過を許可された。

(イタリア ボローニャ空港)

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2011年8月 9日 (火)

しぶとく夏

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とうとう紫陽花も終わりを迎えつつある。しかし、しぶとく夏の果てを目指す。

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2011年8月 8日 (月)

シャワー

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1日何度もシャワーを浴びる。最初はぬるめで徐々に冷たくし、体を慣らしてゆく。最後に水になったところで一気に肩、背中、胸へ。シャワーー!

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2011年8月 7日 (日)

夏の花 百日紅

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百日紅(サルスベリ)なのに、この木で遊ぶ猿の姿を見たことがない。実はこっそり山の中で滑って遊んでいるという可能性も・・やはりない。

夏の青空に赤い花はよく映える。

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2011年8月 6日 (土)

暑い夏

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掃除したての墓に、早朝、シェフは花をあげた。掃除は昨日、家人に命じてあったので墓まわりには草もなくすっかりきれいになっていた。去年、免許の更新をやめたので今年は自転車で出かけたのである。自転車のタイヤの空気が少なかったからフワフワして乗りにくかった。自転車のカゴには庭で切った夏のあでやかな色の花を二束。

墓から戻り、庭の雑草を抜く。抜くというよりは鎌で根元から刈り取る。草ほどたくましいものはないといつも思う。花はいろいろと面倒をみないとうまく育たない。シャワーで汗を流す。

簡単な朝食を終えた頃、テレビではヒロシマの中継、8時15分に黙祷。今年は東日本大震災もあり、例年以上に心に重いものとなる。人の愚かと祈りと希望。

ゆるやかな風だが、今日も暑くなりそうだ。

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2011年8月 5日 (金)

喘ぐ

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十分な水やりが叶わない夏です

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2011年8月 4日 (木)

セミの時間

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「今、眠いんだからさ、話かけないでくれるかな」とセミの背中にあった。
セミの大切な夏の時間。

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2011年8月 3日 (水)

風にクルクル

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風にクルクル、CDが水面の上で回っている。<メダカが池>における鳥からのメダカ保護対策として設置した。CDは月刊<レコード芸術>に付く新譜のサンプラーである。CD購入を増やすための付録なので曲の一部分しか入っていない。少しだけ聞かせて、もっと聞きたい欲求を増やす仕組み。

しかし、少しだけ耳にして買いたいと思うCDは少ない。最近では<コクリコ坂から>の手蔦葵の歌くらいだろうか。多くの場合、評や文章に頼る。CDショップなどの試聴環境が近くにまるでないのもその原因だろう。5月、イタリア旅行から帰国した足で銀座でガラスCDを聴いた。普通のCDと格段に違う音だが、高価なのでおいそれと求めるわけにもいかない。

水面のCDは風が強いとクルクルから前後にブランブラン状態となる。台風でも来たら盛大に揺れ、ヒモがうまく切れたら空さえ飛ぶかもしれない。目の前を横切った光る物体に目をシロクロさせたカラスはクゥアー(何じゃ、ありゃぁー)!!と驚く筈である。

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2011年8月 2日 (火)

肉屋のコロッケ

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その肉屋のコロッケはよくある小判型ではなく、確か俵型の記憶がある。有名な不動尊のある最寄り駅からすぐの商店街に肉屋はあった。当時、勤めていた小さな広告代理店へ銀座などの出先から戻る道すがらにコロッケを求めた。コロッケの入った温かな袋を片手に抱えて会社までの坂道を上った。同僚や上司に頼まれることも多かった。

その頃、私は終電近くまで仕事をすることがよくあった。夕飯は出前だったので、コロッケは食前コロッケとなる。いいジャガイモを使った、塩コショウでほどよく味のついた、たぶんラードで揚げられたうすいキツネ色の肉屋のコロッケ。毎回、2個は食べた。仕事の打ち合わせ中にもつまんだこともあった。

ところで、なぜコロッケかと言うとジブリの<コクリコ坂から>に肉屋のコロッケが出てきたからである。主人公の少女・
海の慕う少年が2個コロッケを買い、1個を海へ渡す。歩きながら食べるコロッケもさぞおいしいことだろう。<コクリコ坂から>の時代(東京オリンピック前の1963年頃)を少しでも知る者としては自分と重なるノスタルジーを映画の随所に発見できる。

(写真はフィレンツェ、残念だが肉屋ではない)

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2011年8月 1日 (月)

シェフの畑

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ウォーキングの帰り、近道をしようとシェフの畑を通ったら土の上に安全カミソリが落ちていた。シェフは野菜に網をかけたりするのでビニール紐で色々と細工をする。そんな時に使うカミソリである。

私は落ちていた(きちんと片付けるようにほのめかす)と言うのだがシェフはあくまでも置いてあるのだと主張する。かように錆びた安全カミソリは畑で増えていくのである。

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