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2011年5月

2011年5月31日 (火)

3日目(5月14日) 聖十字架伝説

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アレッツォ市内は一日中歩いて観光。

サン・フランチェスコ教会でピエロ・デッラ・フランチェスカの<聖十字架伝説>見る。絵は祭壇後陣の壁面(左右、奥)を埋め尽くしていた。絵はピエロの代表作のひとつとされ15世紀にフレスコ画で描かれたが、雨水や地震で何度か修復された。アダムの死からはじまり、聖十字架争奪の物語。

物語として詳しく45分ほどに渡り絵ごとに解説してもらう。例えば、腰の後ろに裏返しであてた手を上手に描くのが難しいこと。サラセン人はバンダナを巻いている。戦いの馬、実際の馬の数より、数えると足が多い。ピエロが描く女性の顔は卵、おでこが広い、など。

<コンスタンティヌス帝の夢>が面白い。よく見れば画面左上に天使の羽が見える。眠るコンスタンティヌス帝に天幕を通した天使の光が当たっているが。そばの従者(起きている)も他の見張りも天使に気付かない。

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当時から作者自身の顔もよく絵に描かれている。ピエロも出たがりのようだ。他の絵の多くもそうだが作者はたいてい正面を向いている。確かに自画像は正面を見て描かねばならない。また、寄進者も絵にはよく描かれている。主役たちに比べて極端に小さいと、その謙虚さがうかがえたりもする。

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(5月14日 アレッツォ)

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2011年5月30日 (月)

ツバメ

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アレッツォ、シエナ、フィレンツェとそれぞれ3連泊したのだが、街々の空に飛び交うのはたくさんのツバメたちだった。

人の暮らしのそばでツバメたちは、軒下まで自由自在にヒューンと風を切っていた。

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2011年5月29日 (日)

4日目(5月15日) ペルージャの雨

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台風が本州に近づいている。まだ遠いが昨夜から雨がトタン屋根を打つ。

そういえば、旅半ばのペルージャでは雨になった。訪れた時は小雨がぱらつく程度だったがやがて雨脚は強くなり、その中を昼食に向かった。坂道の多いペルージャの街の石畳を雨は急流となって流れた。ペルージャの雨は自分に進路に迷うことがない。

旅行に傘を持参して、はじめてまともに役立つ。これほどの雨になるとは思わなかったので雨具はホテルに置いていた。加えて助かったのは靴とパンツに旅行前、念入りに防水スプレーを振ってあった。おかげで、足もとは雨が降りかかっても中まで濡れずに済んだ。

くすんだ赤茶色のペルージャの街並みが雨に煙る。急な石畳を激しく流れる雨の印象がペルージャには残った。

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(5月15日 ペルージャ)

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2011年5月28日 (土)

街を歩けば

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教会、広場、美術館と市内を歩く途中できのこに出会う。ボルチーニ茸ではないがまるまるとうまそうだ。ボルチーニ茸はスーパーで乾燥状態で売っている。

たくさん見たため、印象や感想が中々まとまらない。そこで、街角のあれやこれやも載せてゆこう。
(アレッツォの街角、移動中)

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2011年5月27日 (金)

2日目(5月13日) ウルビーノ れすとらん・ガリガリ

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昼食のレストランはウルビーノ郊外の山の中にあった。簡単に行ける山中ではないのでレストラン側から先導する車がウルビーノの街まで迎えにきていた。バスが通れそうにない小道があり何度か迂回し、バス屋根を木々の枝が何度もこすり、やっと、着いたのは<れすとらん・ガリガリ>である。

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前日が移動日だったので気が落ち着かずこの日は午前3時に目が覚める。割れて気になる爪をを修理。夜が明けないうちから鳥の鳴き声をホテルの部屋で聞いた。

午前中に訪ねたウルビーノ・国立マルケ美術館では、ピエロ・デラ・フランチェスカの「キリストのむち打ち」(遠近法、幾何学、キリストより右で立ち話をする3人が目立つ)、同じく?「理想の都市」(描かれた厚い板が反っていた)。ラファエッロ「黙っている女」(ダ・ヴィンチ風)などを観る。その足でラファエッロの生家を見学する。ラファエッロの生家はラファエッロのコピーの絵が壁を飾っていた。本物は集客力を誇るメディチの遺した有名美術館に収まる。

のっけから、美術書や教科書でしか見たことのない絵を観て、実物は印刷物とあまりに違い過ぎ、絵を消化できずに昼食になった。消化できない絵はワインでごまかすことにした。

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本日のガリガリ・昼のメニュー
・ハウスワイン
・ひよこ豆とパスタのスープ
・タリオーニ(卵の手打ちパスタ)
・チキンと苦い草
・生野菜チコリサラダ
・手作りケーキ

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しかも、この日の昼食は今回の旅行で個人的に一番おいしいくいただいたレストランとなった。ひよこ豆のスープは同じテープルの何人かがおかわりをしたし 、はじめて食べたタリオーニ(卵の手打ちパスタ)の食感はやわらかい。チキンと一緒の薬草?の苦味がなんともおいしい。

ウルビーノは標高500メートル近い高地にある。訪ねた日は道端や川岸にアカシアの白い花が満開だった。花の白が新緑をよりやわらかくする。れすとらん・ガリガリにもアカシアの緑と白と5月の輝く光が降り注ぐ。

ガリガリに着くまで、バスの屋根や窓を木々の枝が何度もこする。こんな山中のレストランなのに食べる前、着てる服を脱ぐ指示は残念なことに最後までなかった。

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旅行2日目はアレッツォ朝出発→ウルビーノ→ガリガリで昼食→サンセポルクセ→モンテルキ→アレッツォをバス移動。アレッツォに戻ったのは午後8時を過ぎていたが外はまだ明るい。もっと、夜まで遊びつづけろ。

(5月13日 イタリア 主にウルビーノ)

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2011年5月26日 (木)

旅心

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昨年末から今年にかけて、イナカーナは例年にない雪の量で毎日何度も雪かきに精を出した。ふうふう言ってたところに、ある旅行社から冊子が届いた。そこへ旅心が湧き出た。

内容は<ヴァザーリ列伝>に登場するルネサンスの巨匠たちにまつわる旅である。<ヴァザーリ列伝>というのは、シオノナナミをはじめルネサンス関連の本で紹介されることが多い。この時代の巨匠たちの人間的な側面を伝えている。ヴァザーリはこの列伝で名を残したが絵もそれなりに描いたし、二階建ての建物を乗せアルノ川にかかるヴェッキオ橋をメディチ家の要請によりなんと5ヶ月で完成させた建築家でもある。彼の列伝は具体的な記述に間違いがあると指摘されてはいるがそれはそれ、エピソード、ゴシップこそ人を伝る大きなてがかり。例えば、短気なブルネレスキ、生真面目なフラ・アンジェリコ、或いは女好きのリッピといった具合に・・・。

何年か前、フィレンツェに向かうバスからトスカーナの風景に触れ、窓の外に遠くの丘に見える小さな町がどんなものか、思いを馳せたことがある。そこで、今回はそんな町々を歩こうと思ったわけだ。マルケ州ウルビーノからはじまり、最後にフィレンツェへ行き着く旅となる。

さて、どんな旅になるか。巨匠たちの絵には、あまり触れずに(語り尽くされているし、見た人がそれぞれ自由に感じるもの、なので)それ以外をごく私的に載せることとする。

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2011年5月25日 (水)

1日目(5月12日) 移動日

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深夜高速バスを早朝に降り、その足でナリータへ。

11:10 ナリータ出発 オーストリア航空 15:25ウィーン到着
20:20 ウィーン出発 同航空 ボローニャ経由 22:40フィレンツェ到着
23:20 フィレンツェ出発 バス 24:35アレッツォ到着

午前中にナリータを出発し、イタリア・トスカーナ州のアレッツォのホテルに到着したのは真夜中を過ぎていた。と言ってもナリータからウィーンが11時間、ウィーンで待ち時間が4時間、ウィーンからフィレンツェ2時間20分、そして、アレッツォまでのバス移動が約1時間と合計18時間と少々の移動時間となった。

ウィーンでの次の飛行機までの長い待ち時間、免税店もすぐに飽き、話相手さえまだ誰もいない。<地球の歩き方>で明日の予習をするが一時間が限界。各機の搭乗口に近い大きくて冷たい椅子に腰を降ろし、前に座る中国人カップルの手持ち無沙汰、隣りのドイツ人の携帯好きをそれとなく観察しながら中々進まない時間を過ごした。

飛行機移動は我慢の旅でもある。

(5月12日 日本→ウィーン→イタリア)

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2011年5月24日 (火)

搭乗まで

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5月12日の早朝、深夜高速バスで池袋に着く。深夜高速バス、若者の利用が多いのかと思い乗り込んだら、その多くが年配の方だった。軽いリュックを背負っているし、伊勢参りにも見えない。集団行動にも見えない。行き先がわからない。もちろん、サワキも乗っていなかった。

ピーナッツ州ナリータに着いたのは朝7時30分くらい。円をユーロに両替し、事前に宅配便で送ってあったトランクを受け取り、出発ロビーの集合場所へ向かった。

手荷物検査は面倒なことになっていた。液体物は全て透明なビニール袋へ入れなければならない。ハサミ、爪切り、電気シェバーなどはトランクで預け入れ荷物にした。

長い廊下を歩き、搭乗までの時間を待合室で待つ。

飛行機のシートに身を納めたら最後、狭いケージに入れられたニワトリ状態となる。スリッパ、目薬、本、カメラなどをシートですぐに取り出せるように作戦を練る。名づけて、エコノミー窮屈シートにおける快適向上作戦。

ワクワクとドキドキが交じり合う搭乗までの時間。なにせ、5年ぶりだからね。

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2011年5月12日 (木)

トランクに詰めて

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夜、ベッドに入ってから、ふと思い出したことがある。それは旅行トランクのどこかに詰めた小さな目覚まし時計を捜しだし、中の電池を抜かなければならないということである。

・・とある空港の到着旅客ターミナル。旅客機から降ろされたトランクはガタゴト移動し、預かり荷物受け取りスペースへ向かう。最後にベルトコンベアは急な滑り台になりトランクとを突き落とす。

じゃぁ、またね!うふッ。

その衝撃で目覚まし時計のロックがはずれてしまう。トランクの中で時計は文字通り目覚める。最初いくらかくぐもったアラーム音はしだいに大きくなっていく。ベルトコンベアの周りで自分のトランクを捜す乗客たちもその音に気付き「どうしようもないね」と肩をそびやかしたり、「いったい誰のスーツケースかしらね」など互いに目を合わせたりする。アラーム音を発したトランクは持ち主が現れるまでベルトコンベアをグルグル、それこそグルグル回るはめになる。

ご主人さま、早く起きてくださいよーぅ!

耳かき、爪きり、入浴剤。それに目覚まし時計をトランクに入れて旅に出る。目覚ましはわかりやすいアナログタイプである。なので、二週間ほどブログを休ませていただく。旅の報告は後日。・・旅と言ってもツアーだけどね。

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2011年5月11日 (水)

ヤマ帽子

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「オレにも帽子、わけてくれよ」
カエルがヤマボウシを見上げて言った。
「ジャンプするのね、そしたら、分けてあげてもいいわ」とヤマボウシ。
カエルは内心の得意をググッとこらえて、1番てっぺんの帽子を狙おうと決めた。

翌日、水田の真ん中あたりを風もないのにヤマボウシの花がスイ、スゥーーイと進むのが見えた。

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2011年5月10日 (火)

出張さん

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今年も海からやってきたカモメの出張さんたちを田んぼで見かけるようになった。カモメたちは水の入った田んぼで盛んにエサをさがす。

車の中からそれをを眺めたシェフが「カモメは浮いたケラを食べるのよ」と笑った。代かきをする
トラクターの後を追いかけるようにカモメが群がるそうだ。

いつもは海でしか見ないカモメだが、いい連絡網を持っているのかも知れない。

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2011年5月 9日 (月)

水が入る

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♪ミミズだって オケラだって アメンボだって みんな みんな生きて・・・。

なん、なんなんだこの歌は!とオケラは思う。人はオレたちを下に見てないか!他にもある、すっからかんのオケラ、虫けらのケラ、いったい、ど、どういうことだ?

この理不尽さにオケラは一瞬バランスを崩し、おやうく水を呑込みそうになりました。けれど、すぐに体勢を立て直すと再び水田を進みはじめました。水の入ったばかりの田んぼに風が、春の冷たい風が吹きわたってゆきます。

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2011年5月 8日 (日)

サニーレタス

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朝、うまい具合にこぼれた種から実ったサニーレタスをシェフは畑でとった。朝食用である。ついでに花にも目が行き、剪定バサミを取りに家に戻るのだった。

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2011年5月 7日 (土)

春の食卓

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この頃の朝、食卓に上るもの。ウルイ、コゴメ、アスパラ、シイタケ。シェフの野菜は裏の畑から、フクミミのシイタケは裏山からとれたものである。

私はコーヒー豆を挽きながら、冷蔵庫の中にいいデザートはないかと捜している。

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2011年5月 6日 (金)

ただいま時刻は

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ただいま時刻は“サクラ吹雪”ちょうどをお知らせいたします。
パッ、パッ、パラァーーーン。

追記:捨てる筈だった電波時計をゴミ袋から出してきたら、電波時計は復活を遂げていた。原発の近くに東日本へ発信する施設があり修理されたことによる。あやうく難を逃れた電波時計はもと居たキッチンの同じ柱へと戻された。(2011.05.10)

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2011年5月 5日 (木)

ぼた餅

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シェフがよもぎでぼた餅を作った。それはたくさん作ったので家族は3日にわたり、食べることになった。甘さを抑えたせいか、おいしく食べることができた。

成長するにつれ名まえを変える出世魚があるが、ぼた餅は牡丹、萩と花の咲く時期に呼ぶ名まえを変える、さながら季節餅である。

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2011年5月 4日 (水)

桜の公園の満開の下

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桜の公園の満開の下、子どもは走るようにできている

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2011年5月 3日 (火)

映画<八日目の蝉>

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この映画の原作となった角田光代の小説は二度読んだ。近年、小説を原作とした映画は昨年の<悪人>のように秀作が多い。映画より先に監督の名が出るかつての巨匠に見られる際立つ個性を必要としなくても、近頃(失礼!)の監督は巧みにしかもうまく描く。・・ということは作品主体とも言える。

NHKで昨年、同じ原作でドラマをやっていたが今回の映画は多くをそぎ落とした。原作にあった火事、大阪で遭遇し世話になった年配の女性、宗教団体の細部などを削った。赤ちゃんをさらった女(永作博美)とさらわれた女の子・薫(成長してからは井上真央)に焦点を当てた脚本が生きている。

描く対象が女性なので出てくる男たちはどうしようもない。妻子を持ちながら不倫する。特別な魅力を持たない男でもズルズルと不倫はできるわけだ。女性に目がないのか、或いは女は醒めているのか・・。いや、普通の女たちなのだろう。しかし、妊娠で女の気持ちという振り子は大きく揺れる。

小池栄子の歩き方が印象的だ。演出なのか、演技の準備段階で小池が考えたのかはかわらない。あの後ろ姿にはこの女性が歩んできた道さえ垣間見えそうだ。井上真央(薫)は眉に意思の強さが見える、これは利点だ。永作は親子として暮らした子ども・薫との歳月をこれ以上ない表情で見せた。目じりの皺さえ、辛く悲しく美しい。

永作はアイドルから芝居に出はじめた頃の舞台をテレビで見たが、こんなにいい女優になるとは当時、思えなかった。その後、うまく年を重ねる活躍を見せていた。早いかもしれないが今年のベストの映画であり永作の演技と評したい。

劇場で隣りの席に座った年配のお父さんはアニメをはじめとするこの時期の映画はまるで見るものがないと嘆き、映画<二十四の瞳>や小豆島のことを話しかけてきた。<八月の蝉>は観るのが二度目だと言う。私は(家族であるメイやシェフほどではないが・・)他人からよく話しかけられるほうである。

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2011年5月 2日 (月)

海坂の桜

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海坂に春がきて、長い冬の衣を脱いだ人や、家族や、女子高生が城跡に集まったり通り過ぎたり。城跡の公園ベンチで桜と人を眺めながら草だんご、とち餅、パウンドケーキで遅い昼食を摂る。甘いものばかりとなる。抹茶の出前を捜したが見当たらない。

一年に一度の桜との出会いと別れだ。

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2011年5月 1日 (日)

出店

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メイ・ヨークは幼い頃から祭りが好きだった。祭りの間、家人にメイの居場所を聞くと答えは決まって祭りの出店だった。日に何度も出かけ、金魚などを眺めていたらしい。

だから、捜索願いを出すこともなく、出店を捜せばメイは見つかった。その影響かどうか、後年、成長したメイはアジア各地の路上に出没するようになる。「どこそこの市場でインド人から安くオペラグラスが買えたよ」などの報告がたまにある。

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