« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月31日 (木)

忘れることのできない

20110331_dscf0448

この3月は忘れるころのできない月になった。しかも、この大災害による原発は収まる先が見えない。

「今、僕は文明論的に高所からいろんなことは語りたくない。死者を悼むところにいたいと思います」(28日、日経電子版)宮崎駿の言葉に頷く。

「私は『無常』を、この世のはかなさを示す語と考えず、『この世は常ならず』と自分流に判断してきた。この世では同じ状態は決して続かない。」続けて「私たちはどんな不幸の中でも決して絶望してはならない。暗闇の空に希望の星を見い出す力を人間は与えられてここまで生きてきた。」(31日、朝日新聞)と瀬戸内寂聴。

「家は津波で流され、今はひいおじいさんの家に住んでいる。お米は炊けるけど、しばらくは井戸水で体をふくことしかできなかった。2週間ぶりにお風呂に入り、とても気持ちよかった」(30日、朝日新聞、被災者の声)日野湖々杏(ここあ)さん(8才)。彼女は弟の久史空(くりあ)ちゃんをおんぶして笑顔を見せた。

被災された方へがんばれ、元気に、明るくと声をかけることを否定はしないが、その方々の亡くなったご家族には本当に冥福を祈りたい。未だに不明の方々にはどんな言葉も出てこない。新聞、テレビは毎日のように死亡者数、不明者数を大きく修正していく。数になると人の死の重みが感じられない。誰にとっても大切なかけがえのない日常があった。不合理なものが幸せを根こそぎ奪った。

| | コメント (1)

2011年3月30日 (水)

四月になれば

20110330_dscf0372_2

四月になればメイ・ヨークは誕生日を迎える。シェフは揃えた品物を梱包し、メイ・ヨークが住む<ポーの国>へ送る予定だ。

本や雑誌、衣類、乾麺はメイ・ヨーク自身が前回帰国の折、事前に準備したもの。シェフは隙にあれやこれやをぎゅうぎゅう詰める。

そして、<小包ぎゅうぎゅう>ははじめての海外旅行に出る。

| | コメント (0)

2011年3月29日 (火)

リバア氏

20110326_p1540237

野菜作りがうまいリバア氏が絵を描きはじめたのは退職してからのことだ。子が多かったので懸命に働き、他はビールを嗜むことくらいで周囲には絵を描く片鱗などこれぽっちも見せることはなかった。どうやら、リバア氏の子の一人が成長して後、絵で生計を立てたことからもリバア氏の家系の中には絵の血脈があったらしい。

リバー氏、週に3日、絵のモデルのお食事からお昼寝までよーく面倒を見る。楽しそうである。

| | コメント (0)

2011年3月28日 (月)

雪の朝

20110328_dscf0209

珈琲豆を切らして買いに行けずインスタントのカフェ・オレを飲む雪の朝だ。
それでも、充分においしい。

| | コメント (0)

2011年3月27日 (日)

うまくガソリンが・・

20110327_p1530658

三谷幸喜が書いたドラマ『わが家の歴史』を見ていたら、男が女にダンスを教える下りがあった。その時、弾かれたピアノがグレン・ミラーの<ムーンライト・セレナーデ>という曲。

高校生の時、よく行った映画館はイナカーナにしては滅多にない洒落たやり方で洋画を見せた。上映時間のブザーが終わるとシックな緞帳が左右に開き、それに合わせて流れた曲がいつも<ムーンライト・セレナーデ>だった。 そんな雰囲作りはたぶん、館主の趣味を反映していたものだろう。シネコンなんてない当時、封切られた洋画は都会から数ヶ月も遅れてイナカーナでは上映された。今から見ればアンピリーバヴォー!である。

うまくガソリンが手に入ったら、映画を見にゆこう。それまで少し、我慢。

| | コメント (0)

2011年3月26日 (土)

散歩がてら

20110326_l1470076

遠くのスタンドから車の列は幹線道路、脇道へと伸びている。ニュースでは給油制限の緩和を告げていたがまだ給油待ちは続きそうだ。

新聞広告に載っていた「アサヒグラフ 東北関東大震災」と「サンデー毎日 東日本大震災」を買いに本屋へ。津波、その後に残った瓦礫の町が痛々しい。

ラジオから甲子園の歓声が聞こえる。どうやら逆転があったようだ。

| | コメント (1)

2011年3月25日 (金)

木工用

20110321l1470039

「さて、うまくいくものかどうか・・?」
シェフは台所の数ミリ浮いた床の端に木工用ボンドを塗った。長年踏み続けたせいか、それとも床下が傷んでいるのかまでは定かでない。応急処置の接着剤で模様を見ることにした。

| | コメント (0)

2011年3月24日 (木)

ガラスの向こう

20110317l1460982

過日の午後、日が射したので外まわりのガラスを拭いた。古い家なのでガラス戸は存分にある。土ぼこりは下のガラスにいくほど多くこびりついていた。右、左と固く絞ったタオルを動かすと付いたほこりの厚さで手が何度か止まった。

今日、そのガラスの向こうに牡丹雪が静かに落ちては地熱ですぐに消えた。

続きを読む "ガラスの向こう"

| | コメント (0)

2011年3月23日 (水)

雪になった

20110309l1460781

積もるほどでもない雪になった。冬が名残りを惜しんでいる。もう、充分に役目は果たした筈だろうに・・。

| | コメント (0)

2011年3月22日 (火)

目の充血

20110321l1470024

目が充血し、少し痛みもあったので歩ける距離の眼科に出向いた。猫の顔をクリニックのキャラクターにした女医は怖いとか噂があった。恐る恐る、出向いたわけだ。

診察で言われたことは眼に良くない菌が入ったことによる症状であり、悪化させたら失明するとのこと。3時間置きに注す点眼液を含め3本の目薬を処方された。

目薬の前後に手を洗う、また眼を拭わないように注意があった。確かにかくも汚れた手で日常生活を過ごしていたことを反省した。

地震被災地の避難所はストレスと感染にさらされている。衛生、医療にも力を注いで欲しい。

で、その先生は怖かったて?確かに・・・しかし、あれは正確な診察のための注意と受け取りたい。

| | コメント (0)

2011年3月21日 (月)

枯葉

20110321_l1470016

「さて、わたしたちももう戻らねばなりません」
ひと冬、冷たくて気持ちのいい雪の中で過ごした葉は
次にくる冷たい風のひと吹きを待っています

| | コメント (0)

2011年3月20日 (日)

フクジュソウ

20110320_p1540073

「早くとけろ」
残る雪を日の当たる場所にスコップで拡げながらシェフはつぶやいた。
長い冬で固まった体と心を一気に開放するかのようにシェフは思いっきり雪をばら撒くのであった。

| | コメント (0)

2011年3月19日 (土)

火急

20110317l1460983

街上空をクォと立て続けに鳴きながら1羽のハクチョウが大急ぎで飛んでいった。
火急な用事があったのかも知れない。

| | コメント (0)

2011年3月18日 (金)

道路

20110317l1460980

ガソリンがないと言うわりには、道路を歩く人は少ない
パンを買いにゆこう

| | コメント (0)

2011年3月17日 (木)

コミカル・ホリウチ

20110316_l1060104

確かコミカル・ホリウチは映画でホテルの廊下をギターを背に走りまわっていた。ホテルの制服も主演女優よりよく似合って見えた。いわゆる主役級を引き立てるための役回りなのだが、何せギターを背負い仕事に励む女性従業員は滅多にいるものではない。

とりたてて美人でないことが功を奏して、コミカル・ホリウチは役柄に幅も持つ。どこにでもいそうなおばさんだって、ほんの少し色っぽい女医、男に尽くす女検察官も。シルアスな演技だってお手のものだ。

もちろん、舞台も得意。そこで近ごろ見たのが『W~ダブル』(NHK教育、芸術への招待、2011.2.25)という舞台。フランス郊外のある屋敷の居間のみを舞台とする翻訳ものだが、主要なキャストは4人だけ。財産のある女とそれ目当てのダメ男の金にまつわるストーリーである。ある意味、古典的な推理劇とも言える。

当然、コミカル・ホリウチの役柄はお屋敷のメイドである。白エプロン姿がお似合いだ。翻訳劇にふさわしく、たいそうな身振り手振りでコミカル・ホリウチは軽ぅーく自由にメイドを演じる。わざとらしくなるのが翻訳劇やミュージカルの常だがコミカル・ホリウチのオーバーさは鼻につかない。

コミカル・ホリウチ、次にどこで演技を見せてくれるのか?制服であろうとなかろうと・・。

| | コメント (0)

2011年3月16日 (水)

電池を買いに

20110316l1460940

スーパーに必要な乾電池はすでになく、カップ麺もレトルト食品もトイレットペーパーも棚はほぼ空であった。車を使わず歩いて買い物に出かけた。先のガソリンや灯油でも出遅れたのでワタクシどもはつくづく期を見るに鈍である。

個々の家庭の必要量というものがあり、生産量、出荷量、物流がその前にある。今後、余震はうまく収まっていくのか、日常生活に必要なものは店頭にいつまであるのかが人の不安にささやきかける。まして、幼い家族がいればなおさらだろう。

ならば、具体的な広報が何事にも必要である。

建屋、シーベルト、被曝、輪番、喫緊など身近になかった単語が専門家や解説者の口から発せられる。咀嚼(そしゃく)出来たり、出来なかったりする。

受け止める前に発信側の錯綜も目につく。便利があたりまえだった多くの人が不便を訴え、ますます都会は混乱していくように見える。

どこも考えをまとめ、指示する時間が足りないのだろう。それにしても、被災地の寒さを思う。

| | コメント (0)

2011年3月15日 (火)

余震

20110314_l1460924

余震が続いている。その度に壁のカレンダーは揺れ、古い家のどこからかミシとかキシとか音がする。少し大きな余震だと建てつけのよくないガラス戸が騒ぐ。

気温が下がり、雪になりそうな空は灰色である。

| | コメント (0)

2011年3月14日 (月)

津波

20110311l1460897

かつてない地震が巨大な津波を起こし家々を町を根こそぎ流した。三陸のある町の防潮堤は10メートルも高さがあったのに津波はそれさえも越えた。この国にとって400年、或いは1000年に一度の津波とも聞いた。

津波の恐怖を身近にしていない地域に住む私たちの多くは、津波警報から何分で津波が実際に押し寄せてくるのか、どこへ逃げれば安全なのかを知らない。いつ来るかわからない津波が人の油断を突いた。

ある地震の専門化は今まで自分たちが協力してきた津波災害を防ぐ数々の努力はなんだったのか、ハザードマップ作りの途上だったと肩を落とし、また別の専門家は今の町を諦め高台への町づくりをと説く。

莫大な赤字国債を抱え政治に明日が見えない最中に、これほどの災害が襲う。自然と科学、生命と死、考えさせることが次々に押し寄せる。

| | コメント (0)

2011年3月13日 (日)

ふきのとう

20110313_r1464498

まだ雪が多く残る庭の片すみでふきのとうを摘んだシェフは早速、夕飯の食材とした。
「春の苦味はからだにいいの」と顔が言っている。

| | コメント (0)

2011年3月12日 (土)

ラジオの夜 

20110311_l1460885

午後、大きな地震があって夜が迫り、窓からの雪とろうそくの灯りで夕飯を摂った。大きな余震がある度に雪が残る外に飛び出し、家の揺れ具合をうかがう。周囲の大木の枝が揺れ、地面自体から横揺れが体に伝わる。

ラジオは何個もあったが、とっくの昔に電池は抜かれていた。ただひとつ音を出したのはシェフの普段使いの小さな白いラジオだけだった。以後、外からの情報はこれだけとなる。

電気の復旧見通しが全くなく、ファンヒーターも炬燵も使えない。石油ストーブを出し、何枚もの毛布で寝る努力をする。次の余震に備え洋服は着たまま、靴下は3枚重ねた。カイロを貼ったのに背中が寒い。夜中に何度か目を覚ますが、時間は遅々として進まなかった。

そんな夜を過ごした。

・・朝を迎えた。地震から17時間後、電話がガチガチ音を出したかと思うと室内灯が点灯し電気が復旧する。聞くと病院や庁舎を優先したとのことだった。津波が車や家を押し流すニュースの映像を見る。昨晩、ラジオで聞いた壊滅状態が現実のものとして目に飛び込んでくる。被害が刻々と明らかになっていく。

| | コメント (2)

2011年3月11日 (金)

反則

20110311_p1540010

この期に及んで、一晩に20センチからの雪が降る。反則である。

| | コメント (1)

2011年3月10日 (木)

ハミング

20110309_l1460778

朝6時30分頃、地震の余震があった時はまだベッドの中だった。すぐに出るのも億劫でようやくカーテンを開けると窓の外は再び雪で白い。ファンヒーターの室内温度を見るとやはり0℃、すぐに運転スイッチを入れた。

そういえば、親戚のKは昨夜電話口でイタリアの話になったら急にヴィバルディの<四季>から冬のメロディをハミングしはじめた。<四季>の中で冬が一番好きだと言う。なんにつけ回転がいい彼女からは次々に話題が噴き出す。

Kは冬のメロディを数章節もハミングした。冬の終わりに春の初めに、或いは夏にも秋にもヴィバルディは季節にお徳用である。

| | コメント (0)

2011年3月 9日 (水)

洋服ダンス

20110308_p1530987

りっぱな洋服ダンスもないのでナルニアへの入り口はなかなか見つからない

| | コメント (0)

2011年3月 8日 (火)

風は冷たい

20110228l1460652

まだまだ近くの山々には雪が残る
雪が消えるまでイナカーナの風は冷たい

| | コメント (0)

2011年3月 7日 (月)

木内昇の新選組

20110307_p1530974

先の直木賞だった木内昇(のぼり)の『漂砂のうたう』がよかったので、手に取ったのは『新選組・幕末の青嵐』(集英社文庫)である。

近藤勇を長とする新選組の主だった面々それぞれに出来事や彼らの内面を語らせるスタイルを取っている。読み進めるうちに著者の土方歳三への描き方に次第に力が入っていくのがわかる。新選組が新選組として存在し、役割りを果たし、進むべき道を土方は整えた。そして、近藤、土方、沖田、山南、永倉、斎藤たちに内心を語らせ、また互いを評することで新選組という組織に関わる個人の考え方の違いを著者は浮かび上がらせた。

個人的には新選組は幕末の無茶な殺人集団のような印象が強く、彼らを題材とした小説を読んだことが今までなく興味が持てなかった。それが木内により沈着冷静かつクール、実はこっそり熱いを隠し持つ筆致で幕末の若者たちが描かれており、新鮮である。

| | コメント (0)

2011年3月 6日 (日)

ふむふむ

20110305_l1460750

私たち鳥族は大昔、飛ぶことを選んだのだから、このいい視力の目で世界を見、エサとなる食糧を見つけなければならない。

長い冬も、もう終わりが近い。

| | コメント (1)

2011年3月 5日 (土)

冬の散歩道

20110303l1460717

新雪の朝、公園に最初の足跡をつけるのは決まってカラスである。冬、毎日のようにカラスは近所の肉屋のゴミをあさっていたが、人の作業が片付き肝心のゴミが出るまで時間がかかる。そこで、起きぬけに公園を歩きまわるわけだ。

その直後、公園を通るのは犬と飼い主。犬はカラスの足跡にほんの気持ち興味を示したが、すぐに飽き主人を軽く引っ張った。そして、いつものようになわばりを確認し放尿もし、公園を後にした。

朝食が終る時刻、青いストライプ入りの毛糸の帽子を被った私は新雪に残るまだ新しい足跡を見ながら、ふむふむ、そうかと冬の散歩道を歩いた。

| | コメント (0)

2011年3月 4日 (金)

春を呼ぶ

20110303l1460706

海外に赴任しているブッチ氏が言うには、この国に帰るととにかく酢メシが食べたくなるそうだ。なので、簡単に戻れないブッチ氏に代わり、こころゆくまで酢メシを食べた。

木桶に散らしたうす桃色の生姜が春の色である。

| | コメント (1)

2011年3月 3日 (木)

三寒

20110224_l1460557

外は吹雪でまっ白だ。春のヤツ、もう少しで捕まえられるとこだったのに惜しいことをした。三寒の今は二なのか一なのか、冬も去り際に憎いことをする。

| | コメント (0)

2011年3月 2日 (水)

鉄塔

20110221p1530861

「おーい、人間。ずいぶんと部屋の窓ガラスが汚れているじゃないか」
空から太い声が降りてきた。
天気が良くなり、確かに窓ガラスの汚れが目につく。長い冬のなごりだ。
「おーい、鉄塔。お前こそずいぶんと目がいいじゃないか」
と見上げながら私は返した。
互いが声をかけあうほど陽射しが日々春めいてゆく。

| | コメント (0)

2011年3月 1日 (火)

2月の終わり

20110228_l1460650

雪より雨の日が多くなった平野に数ヶ月振りに地表が顔を出しはじめた。毎日、河口から飛んでくるハクチョウたちはそれらの田んぼで一日中、食事に余念がない。人が近づくと、見張りのハクチョウが長い首をもたげ、気配を窺う。

北帰行までたくさん食べるといい。私はなるべく食事の邪魔をしないように、車のエンジンを止める。外の風はまだ冷たく強く、すぐ車に戻る。そして、狭い農道で車をユーターンさせ町へ帰る。

| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »