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2011年1月

2011年1月31日 (月)

雪かき月間

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大陸からやってきた氷点下の雲は荒れる海を渡った後で私たちの頭上を通り過ぎた。しかし、長い列島の中央を走る高い山脈に遮られ雲は先に進むことが出来ず、雪をボトボトと落とした。

今月は雪かきばかりしていた気がする。

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2011年1月30日 (日)

ザリザリ同好会

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雪かきをしている、日に何度も。深夜、凍りついた雪をスコップで除雪する誰かのザリザリが冷えた空気を振るわせる。この時期、ザリザリ同好会は活動が盛んである。

冬の旅に出ることもなく同好会会員である私は夜も雪かきをする。ザリ、ザリリッ。

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2011年1月29日 (土)

漂砂のうたう

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木内昇の『漂砂のうたう』(集英社)を読む。賞を取ったものは以前ほど読まなくなったが、興味があり手に取った。直木賞発表前に深夜ラジオで名うての編集者が口にしていたのが頭の隅に残っていた。

話は維新の名残りも色濃い明治10年、根津遊郭(ゆうかく)が舞台である。<遊廓>、時代小説でも読まなければわからない内輪の世界を筆者はしたたかに描く。しかも遊郭そのもので大見得を切るでもなく、主人公に厳しい。落語の怪談噺もうまく取り入れている。

主人公、定九郎は遊廓に客をあげる妓夫(ぎゆう)を生業としている。定まった住まいさえ持たない暮し。元が武士の家に育つが維新でその権威も落ちた。事に際し、言い訳さえ弁解がましい男。定九郎の心の動きが巧みだ。定九郎以外の人物造形も見事だが、彼らの内面にまるで踏み込まない。だから、人情話に落ちない。定九郎と他の人物との立ち位置のうまさに感心する。

導入部は硬く読みづらいし、登楼を登楼(あが)ると読ませるなど最初は戸惑うがすぐに話に惹きつけられる。まさしく新しい才能(本の帯にある)だと思う。苦味ある辛口さに惹きつけられた。

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2011年1月28日 (金)

吹雪になる

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朝から吹雪になる。
部屋の温度が暖めても一桁から上がらない。
そこで、靴下2枚履き作戦を敢行する。

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2011年1月27日 (木)

冬の朝

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晴れた冬の朝、誰も新世界へ踏み入る

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2011年1月26日 (水)

シャーベット通り

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水分の多い重い雪が降った。朝のあわただしい通勤時間が過ぎた頃、街にシャーベット通りが出現する。しかし、どの通りもモカ色なので地方活性化の手助けにはならない。

似たような色のプードルだったら、かくれんぼくらいは出来るかもしれない。

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2011年1月25日 (火)

ヴェール

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数年前、白内障の手術を受けたシェフだったがここのところ右目の視界が薄暗く、しかもゆがんでいると感じていた。そして、ようやく右目のレザー手術をした。

翌朝、シェフはヴェールを剥いだような明るい世界を見た。もちろん、ツララもキラキラ光る。

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2011年1月24日 (月)

桜庭八犬伝

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桜庭一樹の<伏 贋作・里見八犬伝>を読む。言わずと知れた滝沢馬琴の(と言っても誰もが読んだことのない)<南総里見八犬伝>に着想を得た小説である。しかも、ページの半分を割いて冥土(瓦版作者、馬琴の息子という設定)による<贋作・里見八犬伝>を物語の中で披露するという手の込みようだ。

たぶん、気難しい読み手は眉をひそめかねない桜庭ワールドが繰りひろげられる。それは、時代考証かもしれないし、“鈍色”をはじめとする登場人物たちの名まえかもしれないし、「びょぉぉぉぉ」などの気になる擬音かもしれない。要は桜庭の流儀が受け入れられるかどうかにかかっている。

ストーリーは活劇に重きを置いている。犬人間の『伏』を生んだ伏姫の性向は少女コミックを見ている感じだがその突出している分、物語の悲劇性は強くなる。桜庭が抽出する言葉と作劇でのみ垣間見ることができる世界が確かにある

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2011年1月23日 (日)

軒ノ下

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つららは猫にちょっかいを出したいのですがつまらなそうにしています
そんな冬の夕暮れです

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2011年1月22日 (土)

スコット家の兄弟

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映画<アンストッパブル>を見る。暴走する貨物列車が題材の映画である。主演はデンゼル・ワシントンと若い俳優。監督はあの<トップ・ガン>のトニー・スコットである。トニー・スコットはあの<ブレードランナー>の監督であるリドリー・スコットの弟である。なんと才能に恵まれた兄弟。しかも互いに負けずといい映画を作る。

さて、肝心の<アンストッパブル>。出演する役者たちの役柄への馴染みようにまず感心してしましまう。鉄道に関わる仕事それぞれにまるで違和感がない。浮いていない。役者たちはもう何年も鉄道という仕事に従事している空気をまとっている。

二つ目のポイントは列車が生きている。たぶん、望遠レンズで捉えられた列車たちは立体的で、特に脱線シーンは何台ものカメラで撮影されている。列車前の線路を偶然横切るタヌキさえ撮影に協力的だ。

三つ目、確かこの映画の元となった事故がずいぶん前にあったと記憶している。それをうまい具合に脚色している。主役二人の背景となる家庭の描き方にも抜かりがない。

最後に監督であるトニー・スコットの力量が大きい。兄より映像はシャープで音楽もうまく乗せる。片や兄リドリーはより濃い映画を作ると言えるかもしれない。兄弟であっても、いや兄弟だからこそ、作風の違いが面白い。

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2011年1月21日 (金)

メイ・ヨーク ポーの国へ帰る

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メイ・ヨークは食べたかったものをほとんど食べて―例えば、それは卵かけご飯や焼きソバ、納豆汁や日本のミカンだったりしたが―気温差30℃はある南の島<ポーの国>へ帰っていった。

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2011年1月20日 (木)

大ノ寒

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「今日も冷えるのぉ、誰ぞ、炭が足りぬぞ、炭を持てぇー」
代官は声を上げるのだが、誰も居らず、むなしく声だけが屋敷に響いた。

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2011年1月19日 (水)

抗議が届く

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マンホール族よりイナカーナ州宛てに抗議文が届いた。実際の抗議文は目にしてはいないが彼らのことだ、奇妙なマンホール文字で書いてきたことだろう。解読した担当者から漏れ聞いた内容は次のようなものだった。

「ここのところの地上世界のおお雪のせいで、お前たち人の道路が圧雪状態になった(そうだな)。そのおかげで我々マンホール族の天井がガタゴトとそれは騒がしくうるさく、たまったものではない。あの乗り物(自動車とかいう)のタイヤがマンホールにドスドス当たり、我々の安眠を脅かしている。静かにひっそりと暮らす我々の中にはそれが原因で胃潰瘍になったものさえいる。そこでだが、道路を走る人の車は雪道にポッカリと口を開けたマンホールの蓋を避けることを実施せよ!(・・わかったぁ?)」

とあったそうだ。後、数時間もしたら州からマンホール族の抗議文が発表されることだろう。マンホールの遥か下、ほの暖かい真っ暗な闇の中に彼らは住んでいる。

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2011年1月18日 (火)

ゴミを出しに・・

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冬の雪夜のゴミ出しはとてもいい。ワクワクまではいかないがワッくらい楽しい。
滑らぬようにゴミを抱えて圧雪した道路をゆく。ゴミが増えたら橇にも乗せよう。

そんな夜、早い雲の流れの隙間に星を見る。裸眼でぼやけて見えるがしんとした夜に星は冷たい光を放つ。身も心もギューンとしまる。

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2011年1月17日 (月)

凍りつく

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今年一番の寒い夜が明けた朝、庭に面したガラスが凍った。
寝起きの私は毛糸の帽子とマスクをつけたままガラス表面に爪を立てる。
ボールペンの試し書きのような稚拙な曲線がガラスに残る。


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2011年1月16日 (日)

記念づくり

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待望の雪と遊び、メイ・ヨークは記念づくりに励んだ

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2011年1月15日 (土)

輝く

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ネットにしろ何にしろパソコンの始動が遅い
きっと、電線に乗った雪が冷たく重いのだろう
圧雪になりはじめた道路が輝く夜よ

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2011年1月14日 (金)

日課の

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まだ、なんとか地面を見ることができる。これ以上、雪が続けばそうはいかなくなる。雪かきという単語はこの作業にそぐわない。かくと言うよりかきのけるの“のける”がふさわしい。だから、イナカーナでは雪かきを“雪(ゆぎ)のげ”と言う。

雪のげが日課である。

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2011年1月13日 (木)

真冬の日

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真冬の日
車は道路をガリガリ言わせて走り
ツララは落下を中止する
昼、食堂の出前は滑らないようにソロソロと岡持ちを運び
屋根の下に暮らす人は肩を上げて廊下を歩く
空が暗くなりかけた頃、スーパーは混みあい
月並みに鍋?
そう、白菜の入った鍋にしようか

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2011年1月12日 (水)

帽子の販売

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このほど弊社では従来より皆さまからご要望の多かったテーブルエレファント用帽子<キャップ・テグジュペリ>を販売いたします。「うちの象、落ち着きがなくて困るのよ」、「あーら、うちのはなかなか昼寝をしてくれないの」、或いは「水遊び、砂遊びも場所がなくてね」と常日頃、象への接し方に悩んでいらっしゃる方も多いと存じます。

弊社のテーブルエレファント用帽子<キャップ・テグジュペリ>は落ち着きのない、昼寝をしない、遊び場所がない皆さまの象にちょこんと被せるだけで、たちどころに象を休息させる新開発の帽子です。ただ今から30分間限定でお電話いただいた方に、特別価格で販売させていただきます。電話番号○○○-XXXXでお待ち申し上げております。

蜜柑を食べながらテレビの宣伝を眺めていた私は炬燵を出て隣りの部屋に向かった。そして、部屋のフローリングに置いた毛糸の帽子を少しめくるとスースー安らかに寝息をたてているペンギンを確かめた。

動物用帽子商戦はますます厳しいが、この寒い季節、帽子の中はとても暖かい。窓の外は吹雪で真っ白です。

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2011年1月11日 (火)

赤が消える

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雪が降ってからしばらくして何かが違っていた。はっきりと気づいたのは家の周囲にヒヨドリの姿を見つけたことによる。赤いナンテンの実はヒヨドリに奪われた。オー・マイ・ゴッド!

草薙の<任侠ヘルパー>を見ていたら、「オー・マイ・ゴッド」がうつってしまった。

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2011年1月10日 (月)

メイ・ヨークの選択

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メイ・ヨークはさっきから和菓子屋のショーケースガラスにくっつくほど顔を近づけ、選ぶ和菓子を考えている。もう、和菓子の中には春があり、気分を次の季節へと誘おうとしている。

しかし、まだまだイナカーナの冬は終りそうにない。

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2011年1月 9日 (日)

黎明

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しんと静かな夜もあける黎明、玄関前の道路にブルトーザーがいつも通り雪の固まりを置いていく音がする。どの家の玄関先もブルトーザーは差別しない。2、30分後、帽子を被り、マフラーを巻き、黒い防水の手袋をした私はスコップを手にする。車庫から玄関までの雪かきは最初、真ん中に道を作った後で両脇に残った雪を奥に放り込む。何をするにも玄関先の道路までのライフラインの確保である。それほど冷え込んではいないので雪は湿り気を含んで重い筈だ。雪かきは30分ほどで終ることになる。

ベッドの中、心地よい暖かさに決別するタイミングはそれはそれは何度もある。

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2011年1月 8日 (土)

雪の日

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雪の日、焼きたてのパンを買って帰る
袋から取り出すと少しつぶれているが・・許す
牛乳を温め、昼食にする

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2011年1月 7日 (金)

七草

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吹雪が少しおさまった道路を青キノコがとことこ歩いてゆきました
きっと、大事な用か七草の買出しかもしれません

巨大な筋状の雲にイナカーナも襲われ、それほどの積雪にはならないが日に三度は雪かきをしなければならない。幸い軽めの雪で、腰の負担は少ない。

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2011年1月 6日 (木)

小寒

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小寒、ツララの一夜干しを発見する

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2011年1月 5日 (水)

参道にて

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参道のトナカイは年末の疲れからでしょうか
ただ、ぼんやりとしていました
近くの温泉を勧めても、たぶん断るだけでしょう

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2011年1月 4日 (火)

メイ・ヨーク 神社でドドン

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標高500メートルほどの山頂にある神社への参道をメイ・ヨークは歩く。雪の残る参道を細いヒールで歩くのは、はじめて経験だ。転びそうになったが、そばを歩く人につかまり危うく難を逃れた。

祈願を申し込んだ神社社殿に入ると、すでに数十人の老若男女が座っていた。同じように畳へ座ると寒さに身が震えた。よくわからないが正面の奥上部に神がいて、左右に太く赤い柱が立つ社殿はほの暗い。後ろからは、賽銭が放り込まれる音がひっきりなしに聞こえる。

やがて、時間になると太鼓がドドンと鳴らされ、祈願タイムが始まった。神への祝詞が続いた後、祈願を依頼した人の住所と名まえ、祈願内容が読み上げられる。「どこそこに住まいする何ノ何某、家内安全を祈願いたしますぅーう」と言った感じである。これが人数分続き、その間アタシたちは畳に手を着いて頭を垂れている。頭を垂れている間、自分の名前がいつ言われるかを必死に待つ。聞いていると祈願した人は多くの祈願を立てている。皆さん欲張りなのね。アタシの祈願はたった一個だけだったよ。寒さが限界に近づいた頃、ついに「ポーの国に住まいするブッチ氏、並びにメイ・ヨークの・・・を祈願いたしますぅーう」が耳に届く。

その後、一同は社殿内一段前に進み、再び手を着き頭を垂れる。するとシャンシャンとなる鈴の房が祈願する全員の背中を撫でてゆく。見えない、何かわからないものが近づき、触れ、去っていく感じだ。これでドドン、祈願タイムは終わる。社殿を出、
お神酒とお札をいただいた。

今日の祈願が叶うように、滑って転ばないように気をつけてメイ・ヨークは雪に煙る山を後にした・・のさ。

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2011年1月 3日 (月)

謹賀新年 その3

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年の瀬にフクミミが九谷焼をいただいた。年に一度いただく焼き物は、以前十二支に材を取ったものだったがそれも一巡し、終わりを告げた。今年はどこぞの姫である。玄関の正面奥の台に置いたが、暗く光も当たらず姫も内心ぼやいているかもしれない。

正月も明けて三日め、軽い雪が舞いはじめた。

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2011年1月 2日 (日)

謹賀新年 その2

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元旦から、雪や激しい風がなく穏やかな天気の中にいる。田畑に雪は残っているが道路に雪はない。イナカーナにしては大変稀なこと。

年末のテレビで『私たちの時代』(フジ系)という番組があった。能登半島地震で被害を受けた地域にある高校のソフトボール部を追う2時間半のドキュメンタリーだった。部員たちの家や家族へ突然襲いかかった地震という災害。そして過疎、地域、学校の統合と密接に関わりあいながらソフトボールをやり続ける部員たち。

ライバルとなる他校との試合も細かすぎるほど丁寧に構成しており、ライバル校の選手をもインタビューしている。また、部員それぞれが家族と互いに思いやり部活動をやっていることが描かれる。

これほど一生懸命に部活動に励む高校生たちがいて、また生徒を指導する人がいる。同じ部内のライバルにポジションを渡した部員が心からライバルを応援できる気持ちがようやく理解できた。いくつになろうと教えられることはいくらでもある。

彼女たちのソフトボールにかける思いは尊い。今を懸命生きる個人を見るにつけ
国の在り方を考えさせられる。為政者にこそ見て欲しいドキュメンタリーである。

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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年 2011年

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あけましておめでとうございます
昨年は当ブログをご覧いただいた方々
コメントを下さった方
どうもありがとうございました

弊社ブログ<イナカーナの日々>も
この春で4年めに入ろうとするところです
今年もほどほどに進めてゆく所存ですので
よろしくお願いいたします
<グールドの帽子>

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