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2009年11月

2009年11月30日 (月)

穏やかな11月

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もうカエデもほとんど散り、周囲の木々は枝ばかり残すようになった。強い風も時に吹いたがこの月は雪も降りてこなかった。日が射す山の遊歩道ではすれ違う人が天気に誘われ挨拶を交わす。穏やかな11月の終わり。

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2009年11月29日 (日)

贈り物

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東ノ都から戻ってからというものあわただしい冬支度が毎日のようにあり、何通か溜まっていた封書や期日の迫った応募ハガキをようやく記入し、歩いて27秒のポストへ夜中に出しにゆく。アァ、ゆっくり長い小説が読みたい、リッキー・リー・ジョ-ンズが聴きたいと眠りに就いた。
翌朝、目を醒ますと秋の最後の贈り物が届く。

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2009年11月28日 (土)

メイ・ヨーク 貼り紙を見る

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イナカーナのとある病院の一角、長いすに座ると正面の壁に貼り紙があった。
「当病院で受付けされている患者さまの中で同姓同名の方が多数いらっしゃいます。第三位タカハシコウイチ14名、第二位サイトウタカシ27名、第一位メイ・ヨーク53名。お名前を呼ばれた際はご注意ください」
この貼り紙を見たメイ・ヨークはふうーと胸をなでおろした。アタシは結婚して姓を変え、はえある第一位を脱出できたのだ。よくある名は時に困る。

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2009年11月27日 (金)

ヌーヴォー

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ボジョーレ・ヌーヴォーが飲みたいな」と三度ほど唱えたら離れからフクミミがワインを二本持ってきた。フクミミは気の利いた奴である。その内一本がボジョーレだったので嬉々として飲んだ。フルーティだとか今年の出来はだとか月並みな言葉も吐いた。何気にボトルラベルを見ると“2008年”とあった。一年得したことにする。

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2009年11月26日 (木)

雨の残り

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夜半、静かな雨が降る。気温が高いせいだろう、この時期にしては珍しい気持ちのいい雨だった。朝、小枝や葉に雨が残っていた。冬の支度が次々に見つかる日々である。

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2009年11月25日 (水)

落ち葉を集める

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イナカーナに戻ると、ほんの三日ほど留守にしただけなに周囲の木々はカエデを除いて落葉樹はほぼ葉を落としていた。晴れ間を見ながら落ち葉を集める。短い竹箒で狭い隙間から葉を掻き出す。下草にからまる葉は蜘蛛男になって手箒でかき集める。枯葉で満杯のゴミ袋を何度も何度も一輪車で畑へ運ぶ。
枯葉の量では
冷泉家に勝てるかもしれない。

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2009年11月24日 (火)

帰ル日ノ朝

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帰る日の朝、昨夜の同窓会でのアルコールのせいか早くに目が醒めた。渋ヶ谷からふた駅歩いて5分、ホテル7階にある部屋の窓からは遠くに富士山が見えた。冬期間、ここ東ノ都の天気がいいと帰る先のイナカーナは嵐がきまりとなっている。(案の定、強風で3時間ほど遅れた)
さて、夕方の新幹線の時間までどこをぶらつこうかと私は考えている。そして、ゴクリッと水を飲んだ。

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2009年11月23日 (月)

音ヲ聴キニ

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せっかく東ノ都まで出てきたので“秋葉ノ原っぱ”へ音を聴きに出かけた。スピーカーという四角い箱から出てくるCD、SACD、DSなどの音である。訪ねた建物は階ごとに装置が置かれた部屋があり、上の階にゆくほど手ごわい金額の音が待っている。そう、ブルース・リーの『死亡遊戯』のような作りだ。
午後の都見物を止めにして器楽、ボーカル、交響曲とたっぷり聴いた。今回の成果は小さい箱で豊かな音楽が表現できるスピーカーと四角い体をもたず空間に解き放たれたかのようにライブな音楽が浮か現代オブジェ風スピーカーのふたつだった。どちらも富士山かエベレストくらいな金額となる。
手に入れたいヨクボウが体を駆け巡ったが、ふふーん、大人なので我慢した。

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2009年11月22日 (日)

肝心ナ

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そういえば、肝心な同窓会へ出かけたのであった。青き山の会場は週末でもあり混んでいて法事姿の人もいた。始まる時間が15分ほど遅れ、その間集まった同窓会面々の姿かたちは二年前とそれほど変わらない。同じ時代に同じような興味を持って集まった連中なので話題に欠くこともない。友人の恥ずかしい話ならいくらでも知っているし、知られてもいる。山梨出身、高橋尚子に似た19歳が同窓会会場の面倒を見てくれ、終始笑顔で対応してくれた。
お尻の形がキュートだと女性に騒がれた友人に三本締めをしてもらい同窓会は終了した。翌日早い仕事を控えていたり、これから仕事に出向くといった友人たちもいて彼らと三々五々路上で別れ二次会に向かった。
人の同窓会の話?まあ率直に言えば
つまらない。同窓会は自らやるものである。

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2009年11月21日 (土)

映画『・・』

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店頭で見たある雑誌が映画特集をしており、確か“泣ける映画”ではフェリーニの『道』がベストワンだった。知恵遅れの女と暴力的な男をジュリエッタ・マシーナとアンソニー・クインが演じていた。この時代イタリア映画はいいモノクロ映画を多く作った。美男美女など出さず、リアリズムなドラマで映画が作れた最後の時代、『道』という映画は哀切そのものだった。
ふむ、どこかにこの映画のビデオテープがあった筈、捜さねば・・・。

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2009年11月20日 (金)

相席デススル

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ジュクの寄席に出かけたら季節がら「時そば」を今回も聞くこととなった。さん喬だったので言わずもがな見事だった。さん喬のそばをすする音、トリの小さんが熱燗を飲むしぐさに誘われて翌日神田のそばやののれんをくぐる。
相変わらずそばやは混みあい四人席へ相席となる。見ると正面のひとり客の女性が焼いたトリをつまみながら小瓶のビールで愉しんでいる。私は予定もあるのでやむ終えず酒なしでごまそば大を注文。くだんの女性はつまみを食べ終えた後、さらりと大ざるを頼んだ。江戸のそばは小腹の空いたときのおやつ替わりだったなごりからか量が少ないからね。「この店、混んでいても気持ちがいいのは店のおばさんたちの客あしらいがいいからである」というのは池波正太郎の受け売りである。早々に食し、秋葉ノ原っぱへ向かった。

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2009年11月19日 (木)

帰ロウ

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東ノ都写真美術館2F展示室(JR麦酒駅東口改札より徒歩7分)でセバスチャン・サルガドの<アフリカ>を見た。20世紀の終わりにあったアフリカ各地での内戦、虐殺、彷徨う難民、骨と皮だけになってしまった子、その子を抱える母親、眼病の女性など・・・モノクロの写真展だ。それでも、アフリカの砂漠は美しくシマウマたちは水を飲み、遊牧民は放牧をする。毎日の生活は営まれ、子どもたちの視線はまっすぐだ。生まれた土地と時代によって決まってしまうかのような人の生がある。
帰途、遠く離れたこの豊かな地の動く歩道に乗る。気持ちだけでも今日はラクダをひいて砂漠を帰ろう。

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2009年11月18日 (水)

交差点デ

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ウエーノ山を降りてから午後もだいぶまわり、ハイカラな街で遅い昼食“カツサンド”を食べ終えた。陶器のような名前を持つこの店ではカウンターに通され、店内の銭湯のなごりを見ることができなかった。少しがっかりしたがカツサンドにセットのアップルジュースをおとなしく飲んだ。
この街には学生時代あまり足を運ぶことがなかった。社会人になり通勤していた時も電車の窓から居並ぶ巨大ファッションポスターを眺めることくらいだったように思う。参道ノ駅へ戻るため交差点で足を止めるとすぐそばで女性カメラマンが奇抜男を歩道植え込みの手すりに座らせバストショットでシャッターを切りはじめた。平然と奇抜男は姿勢を保つ。彼は撮られた後で掲載される雑誌を確認した。この日の私はあいにく野良着ではなかったので選にもれたのかもしれない。
ハンチングを気持ち目深に被り直し、マフラーを適当に整えた。次の目的地へと青になった交差点に足を踏み出すと「♪ショー・ウインドウを横目で見れば・・・」と荒井由実の<Good luck and Good bye>が脳裏に流れた。思い出に浸るには中途半端な時間だと足を速めた。

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2009年11月17日 (火)

ガ居ッテサ

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森の奥にはゴリラが居ってさ、人に背を向け未来を考えているふりをしているが実は自分の後姿をガラス越しに見る人類が気になり、時折ちらっと横目で背後を盗み見するのだった。
ウエーノの森の動物園、無料開放の午後。

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2009年11月16日 (月)

ニテ観ル

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ウエーノ山にある東ノ都美術館にて『冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展』を観た。13日の金曜日、東ノ都は小雨が降っていた。いにしえの都に伝わる“レイゼン家”の宝物を観るため階段を降りる。平日なのに混んでいるが昨年のフェルメールほどではない。重いトートバッグと折りたたみ傘をロッカーに預けた。
「そうか、レイゼン家は祖先が歌詠み人であったのか」この程度の知識で初めて観る和歌の数々。しかし、ひらがなさえ読むのが覚束ないので文字の形と流れで愉しむことにする。唯一、藤原定家の『明月記』が比較的わかりやすく、お祝いごとの日の日記には「天晴月明」とあった。このめったに観れない巻き物はとても太く、濃い紺色の地に「建仁三年春」というようなタイトルが渋い赤で入れられている。巻き物を閉じる太い紐も渋い赤でりっぱな表装である。途中、儀式の動きを予行練習するため室内見取り図の上で動かした“束帯人形”(高さ27ミリ、幅20ミリ)をルーペで覗く。人形は正式な装束で小さいながらすまして歩いていた。
こうして、“いにしえ”を少々垣間見ることができた。

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2009年11月15日 (日)

カラ帰ル

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東ノ都から帰る、疲れて帰る。二時間、新幹線に乗った後“星は光りぬ国”からイナカーナへの特急に乗り換えた。乗ったのはいいがノロノロ進んでは停まるを繰り返し、列車に平行して走る自動車にさえ追い越される始末。強風で停まる度に乗客は苛立ち、あきれ、やがて諦める。三時間10分遅れでイナカーナへ夜中に辿り着く。
・・・眠ろう、夢の中でシャボン玉を飛ばそう。

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2009年11月14日 (土)

禁止令

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イナカーナに“野焼き禁止令”が発令されてからというもの焚き火ができない。人の多くが地球によくないものまで焼いたからだろう。しかし、芋が焼けないとはずいぶん淋しい。

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2009年11月13日 (金)

夜な夜な

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近頃、夜な夜なしいたけ山に灯りがともる。懐中電灯で山道照らし灯りの正体を確かめに真っ暗な山道を私は急いだ。山の中腹にある栗林にほど近いしいたけ小屋から灯りがもれていた。小屋の戸を開け中に入ると厚手のビニール囲いの一角がある。恐る恐るビニールに手をかけ中を覗くと、裸電球の下で「ほぉーれ、でっかくなー」と踊るフクミミがおった。目を凝らすとフクミミまわりのしいたけの茶色い丸頭がどんどんでかくなっていく。湿度75パーセントの湿り気浴びて、フクミミとしいたけの宴会は夜中の三時まで続いたと聞いた。

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2009年11月12日 (木)

仕上げる

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昨日は強い風が木々の枝を揺らし、木の葉が次々と枝を離れていく。生きていくことの旅立ちと終焉が重なる気がして戸外を見ていた。
直前に期日を控えた同窓会のしおりを作る。文章に加えて顔写真を入れたら、ますます細かい調整が効かない。ワードとはうまくいかないソフトである。まあ、いっか!で仕上げる。

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2009年11月11日 (水)

新品種

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かつてパンフレットづくりをした時、米の試食を一度だけしたことがある。大きな白い一枚の皿の上に何種類かの炊かれた米が載せられ、そばに番号が記入されていた。形、色、匂い、食感、風味を見たが試食すればするほどわからなくなった覚えがある。第一印象が試食では重要であった。
育てられた場所の水がいいと米はおいしい、炊く時も水を選ぶとさらにいい。売り切れて二度買い逃がした新品種の米をいただく。炊き上がったらタラコを焼いておかずにしよう。

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2009年11月10日 (火)

カエデ

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毎日、柿を食べている。サラダ、おやつ、デザートに柿である。こうまで柿が溢れ次第に手が伸びなくなる。と、そこへカエデが登場。その顔色からして彼らもきっと・・・。

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2009年11月 9日 (月)

捨てにゆく

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冬支度のついでに使わなくなった電子レンジや家の周囲にある板、木切れ、枝を集め有料焼却場まで車で二度運ぶ。物を焼き地球を暖め、排気ガスで二酸化炭素を増やしている。
余分なものは買わないようにしているが、それでもものは増える。生活必需品以外のいろんな欲が「これ、欲しくないの?」とささやきかける。基準がその都度変わるので、いつも戦うことにしている。

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2009年11月 8日 (日)

読書の秋

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「読書の秋と言うけれど私は・・・」
とシェフは言いかける。確かにシェフの場合、嫁いだと思ったら家事、炊事、子育てはもちろんのこと、時代は高度経済成長期、お米は増産に次ぐ増産で田んぼ、畑と働くだけ働いた。
さて、こうしたシェフのおかげで家族はそれぞれ充分に本を読む時間を取ることができた。シェフはあまりに本を読まない生活が長過ぎたのか、読書の習慣を無くし料理の雑誌以外はそれほど興味を示さない。健康なおかげで年齢以上にまだ働くこともできるが、ために夜は眠い。しかし、「私は本をゆっくり読んだことがない」これぐらい言ってみたくもなるのだ。

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2009年11月 7日 (土)

木を囲う

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州庁舎で木々の雪囲いを見かけたのに釣られ、家の庭木に手を付けた。藁縄で囲うのは技がいるので最初から諦め、庭木一本に対して三本の竹を組み、上中下を簡単な紐で縛る。要は雪で潰されないように支えてやるわけだ。作業途中、紐を余分に使うと家人より注意が入る。金沢あたりの雪吊りをニュースを見るととても美しい、あれは技術と道具あってのこと。イナカーナの普通の家はそれに応じた準備をすればいい。天気がいいとこれで案外楽しめる。

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2009年11月 6日 (金)

再び、柿の木の下

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「今日は平地でも夕方雪が降るかもしれません」
女性アナウンサーがニュースの最後に採れたての瑞々しいカリフラワーを紹介するような口調で言った日の朝、
子猫は自分の棲家である風除けゴミ袋付きダンボールハウスと共に姿を消した。
子猫がいなくなった後、柿の木は猫が暮らしていたダンボールハウスあたりをずっと見下ろしている。秋が暮れてゆく。

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2009年11月 5日 (木)

熊売りヨーク 出張篇

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以前、メイ・ヨークは“熊売り”をしていたことがある。熊をキャスター付きのバッグにぎゅうぎゅうと詰め込んではこの国で割り当てられた区域を(例えば北陸とか)熱心に売り歩いた。もともと旅行が好きだったので行ったことのない土地を訪ねることは彼女にとって、とても魅力あることだった。重い黒のバッグを後ろ手に引き、カッツカッツとヒールを鳴らしてはで売り込み先である結婚式場を捜し歩いたものだ。
仕事を終えたその夜。彼女は土地の居酒屋で旬の魚を食べ辛口の吟醸酒を飲み、カウンターの中の主人とささやかな会話を交した後でホテルに戻った。シャワーで一日の疲れを少し流したメイ・ヨークは部屋のデスクに座り髪を乾かしながら私に電話をくれたものだ。今日はどこそこへ行った、こんな珍しいものを食べたとか、彼女にとって初めての土地のことなどを・・・。ふむ、ふむ、機嫌がいいのは電話口から聞こえるその口調ですぐにわかる。きっと、この日は熊がまとめて何頭か
売れたに違いない。

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2009年11月 4日 (水)

ジェイソン・ボーン

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おお、その身のこなしはジェイソン・ボーンかと見まごうばかり
この前、仙台名産笹かまをあげたせいかも知れない

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2009年11月 3日 (火)

フクミミの板絵

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夜半、トタン屋根をアラレが打つ。寝ながら自然が移り変わる音を聞けるというのは幸せなことだ。
フクミミは好きで板に絵を描くことがある。昔、職を離れてから同好のトラ仲間と絵や書の展覧会を開くようになった。板そのものに描くのが珍しいのかローカル局のテレビが取材に来たこともある。題材とした中でかぶは気に入ったのか描くことが最も多い。以前、休耕田を利用し自らかぶを栽培もした。秋終盤に収穫する赤かぶは雨が多いとかぶに付いた泥を取り除くのが大変だった。引きちぎった葉で丁寧に泥をふき取ったかぶは近くの漬物工場へ売った。
友人などに頼まれて板絵を描くとその御礼は言わずもがな“酒”である。

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2009年11月 2日 (月)

蕎麦の季節

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フクミミが蕎麦好きのせいか、メイ・ヨークも同じになった。いつだったか、東ノ都の巨大駅構内で隣り州の蕎麦やの大きなポスターに遭遇したメイ・ヨークはしげしげと蕎麦を見つめたものだった。後日、イナカーナに帰るやいなやメイはハンドルを握ってくだんの店へ出かけていった。ちなみにその蕎麦やは山の中にあり、車で一時間半の距離にある。辛い大根おろしのタレで食べる硬い蕎麦は千円で食べ放題だがお椀二杯半で満腹になる。お腹を空かしたメイ・ヨークにとっても例外ではなかった。

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2009年11月 1日 (日)

グリモーのバッハ

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11月の声を聞く。例年より気温は数度も暖かいが、これから天候が崩れていくと言う。
グリモーのピアノでバッバを聴いた。<バッハ・トランスクライブド>というアルバムで一年ほど前に発売されている。バッハの平均律クラヴィーア以外にプゾーニ編曲の<シャコンヌ>やリスト編曲の作品もある。いや、むしろピアノを想定せずに作曲されたこちらこそグリモーは弾きたかったのだろう。グリモーのピアノはしなやかでしかもたくましさをも併せ持つ。表情豊かな情感もあるバッハ。真面目で退屈な男性ピアニストのバッハを蹴散らすエレガントな勢いが彼女にはある。

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