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2009年1月24日 (土)

残月記

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フクミミ、某会所より書の依頼あり、もとより頼み事は断わらぬ性格もあり、
以(よ)って立て看板の揮毫(きごう、※)を受諾(じゅだく)する。
フクミミ、書を嗜(たしな)むことを之(これ)まで
己(おのれ)の人生の規範、或いは愉しみとしてきた。
然(しか)れども、正式な依頼の書となると恥掻(はじか)かぬ程度には
仕上げなければならぬと決意した。
己の老骨にむちを打ち、筆立て日々是練習、朝昼夕と励む励む励む・・・が
満足する書はなかなか書けず仕上がらず、ズズズッの連発、前途多難の中にいた。
※注釈)揮毫の「揮(き)」はふるう、「毫(ごう)」は筆の意、毛筆で文字や絵をかくこと。 

「この儘(まま)では駄目だ」と、
納得できる書作成のため、さる筋より手本を入手し参考にした。
よぅし再び練習、刻苦研鑽(こっくけんさん)する。
墨摺(すみす)る手間なし、高価墨汁をなみなみと丸き硯(すずり)に注ぎ、
筆にたっぷりと墨を含ませた。
半切紙(1.15X4.5尺)に向い正座し、やおら重き文鎮(ぶんちん)を紙の上に滑らす。
文鎮を紙面左上部35度に傾け置けば、紙面に皺(しわ)ひとつなし。
心穏やかにし、フゥーーーッ息吐いて太筆を走らせる。
無、む、ムッ、どうだぁー!知らず思わず気合が入る。
気合入ることがすなわち修行が足りないのだ。
然(しか)るに筆立てる自室離れは忽(たちま)ち紙の山、墨だらけとなる。 
遺憾(いかん)せん、書けども書けども己(おのれ)の心は言う。
「未(いま)だ見るに価(あた)わず」と。

此度(こたび)の書は漢字四文字からなり、先頭に横「一」の文字が入る。
この一文字こそ、当初より最大の難関難所である。
シンプル・イズ・ザ・モースト・ディッフィカルト!
と言うではないか・・・。
過日、本宅に戻り、家人を集めたフクミミは
墨乾かぬままの書を貼り出し、家人を前にして謙虚に評を請(こ)うた。
(謙虚と言えば、まさに米国オバーマ、大統領就任式の宣誓を聞いたばかりだ) 
然(しか)るに家人らは「一」の文字も含めて、太さ長さ大胆豪胆さ
全て意気無しと甚(はなは)だ不評、ケチョン!ケチョン!
とあまりに率直であった。
家人に世辞なし。
愕然(がくぜん)として暗雲未(いま)だ去らず。

そんな折、フクミミは思い出した。
亡き友人ノ書家は気分上々愉快を求め
時に酒嗜(さけたしな)みながら筆を取り、
「こうして酒愛し書すると余分な力が抜け、いい体(かたち)となる」と。
之(こ)
れだ!フクミミは膝をハタハタ何度となく打ったものだ。
これよりフクミミは右手に筆、左手に杯(さかずき)を傾けながら
夜な夜な練習に励み、気分も益々高揚(こうよう)するのだった。
ある晩などは友人どもわんさと押し寄せ、夢幻の中でさえ筆が進んだ。

斯(か)くてある朝、前夜の深酒に喉の渇きを覚えたフクミミは部屋を這い出た。  
狭い勝手の小さな流し台シンクの水道蛇口をひねり、
頭(こうべ)傾け口をつけ流水含みながら、
窓の外、まさに夜が明けようとしている空、西の彼方(かなた)、
薄蒼い中空に浮かぶ冬の残月をフクミミは見た。

部屋に戻って見ると足許に転がる書き散らした紙が散々あるわあるわ。
「昨夜もこんなに書いたのだ」
天才さえ努力を怠らないのだ、凡人の己(おのれ)はなお勝る努力をせねば・・・。
数多(あまた)散乱している紙の中に、障子戸の隙間から外光が入ったのか
蒼白く浮かぶ一枚の半切紙があった。
思わず手に取り其(そ)の書を見れば「一」の文字、果たして悠然と自由、
筆跡格調天まで高く、これ以上ない体(かたち)である。
「嗚呼(あぁ)、依頼された書は遂に完成した」
この時、ウォォーーーンとどこか遠くで獣(けだもの)が残月に吼(ほ)えた。
大寒を過ぎたが春は未(いま)だ遠い。
冬、早朝のことであった。 

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