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2007年7月

2007年7月31日 (火)

フクミミ家 夏のジュース

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フクミミ家、夏の定番トマトジュースである。
夏はこのジュースで乗り切るほどよく飲む。
シェフから教えてもらったレシピは
① 畑でとれたトマトを湯むきし、冷蔵庫で冷やす
② そのトマトをミキサーに放り込み、ハチミツを適宜。
③ ミキサーのスイッチを押す。・・・ 出来上がり。

本日はミニトマトなので色が冴えない。
シェフに抗議したが、ミニの方が栄養があるからと
耳をかさない。

普段はお茶さえ出さないフクミミであるが
客人へこのトマトジュースをつくったことがある。
見よう見真似だから味に保証はない。
フクミミ、自分が作った野菜や気に入りおいしいと思ったものを
人に勧めるのがとりわけ好きである。
フクミミがトマトジュースを作った時、家人はでも降らないか
と夏のソラを見上げたと聞く。

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2007年7月30日 (月)

月の砂漠 筆ノ者の場合

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フィレンツェについた晩。
バスを降りて旅行カバンを受け取り、夜空を見上げたら満月だった。
乗ったツアーバスのドライバーの運転テクニックは素晴らしく、
ホテルにむかうフィレンツェ市内夕刻の混雑のなか、
路地の曲がり角に駐車する夥しい車の脇を
大型バスを切り返しながらスルリとすり抜けていく。
小柄で栗色の髪をしたドライバー、40歳くらいか。
本人が後でさりげなく自慢する以上に、
乗っている我々は窓に釘付けでバスと車の数センチの接近を

凄いと感心して見ていた。
フィレンツェはどうだったかって?
そう、日にちのないツアーでいく場所じゃないね。
ウフィツィ美術館なんて競歩しながら、みたようなもの。
「これが本物の<春>かぁー!」
ボッティチェッリを見てたら、もう時間がなくなっていた。
アルノ川がにごってて、ヴェッキオ橋も映えない。
市内のバスもどうやって乗ったらいいものかもわからずに
さよならでした。
翌日、塔の街サン・ジミニャーノを歩いていたらフィレンツェでの
バスドライバーがどういうわけか私たちを待っていた。
(バスドライバーは都市毎に変わった)
聞くと、同行ツアーの男性がバスに置き忘れた
皮のセカンドバッグをわざわざ届けにきたと言う。
フィレンツェからサン・ジミニャーノまでの
片道50キロほどの道のりを忘れ物のバッグを届けてくれたのである。
彼はお礼を受け取ることもなく、フィアットの初代パンダで
颯爽(さっそう)と帰っていった。
直線が印象的なパンダのハンドルを握る彼の姿のなこと。
それ以来、パンダを見かけるたびに思い出すほどだ。
異国の人の親切は心のオアシスに刻まれた。

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2007年7月29日 (日)

月の砂漠 フクミミの場合

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フクミミ、中秋の名月に月見をすることがある。
その時が近づくと、柄にもなく天気を気にする。
当日、フクミミと彼の友人たちは離れ<トラの穴>にて
大いに飲み、かつ歓談する。
筆者が風呂にでも入っているとその騒ぎが本宅まで聞こえ、
果たして、月見の風流はどこにあるのか疑問を覚える。
夜も更け、離れの客人たちはとうに帰ってしまった。
離れでは一人フクミミが竜宮城の夢でも見てる。
街も寝静まっていた。

そんな時だ、月の夜空に響き渡る雄たけびがした。
その声がフクミミか、あるいは月の光に照らされた砂漠を徘徊する
なにものかから発せられたものなのかは誰も知らない。

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2007年7月28日 (土)

月の砂漠 シェフの場合

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月の砂漠をはるばると旅のシェフはいきました。
シェフ・ゴロタンは随分前、中国旅行で敦煌(とんこう)へ行った。
その折、友だちと二人だけ鳴砂山(めいさざん)という砂山に登った。
頂上から下方には月の形をした湖、月下泉が輝き、
周囲は見渡す限り砂漠だった。
鳴砂山からの下山中、ラクダに揺られていると
夕闇の砂漠に昇りたてのが浮かんでいた。
<月の砂漠>を思わず口ずさんでいた。
かつてシルクロードを旅した者たちが見た同じ月を共有した気分だった。
<月の砂漠>を歌ったことは覚えているが、
あまりに前で、月の形がどうだったのか
シェフの記憶はおぼろげである。

追記)砂漠といえば映画<シェリタリング・スカイ>の
テーマがいい。ピアノのメロディが胸を締めつける。
けど、内容は芸術になりすぎて退屈、見てる途中で頭がカクン。

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2007年7月27日 (金)

センテイの季節 ふろく写真②

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当初<シザーハンズ>のハサミ男の手によるものかと思われたが
通りがかりの自転車通学の中学生から否定された。
ちなみに製作者はツタノ カラマル氏(イナカーナ在住)である。

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2007年7月26日 (木)

センテイの季節 後編

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昨年、植木屋さんより剪定(せんてい)してもらった木は
しっかりした道具がないと出来ない松などの大きな木ばかり。
フクミミの希望で大胆にカットされた。
ちなみにそれらの木をイナカーナのバオバブと呼び、
メイ・ヨークからも賛成一票が入った。

今年は低い庭木だけで良かった。
剪定ばさみもなんとか使っている。
柄をつかむ位置で疲れ具合が違うので、
バランスが肝心なのだろう。
高い脚立(きゃたつ)がないので頭上の葉を手を伸ばし
切ると切り取った葉が雨やあられと頭や顔に落ちてくる。
目に破片が入った翌日からはメガネをかけた。

庭木の中でも、固めの葉は気持ちよく切れる。
剪定ばさみの刃の合わさる時の音が小気味良い。
はさみの金属音が一定のリズムになる。
チョッキン、チョッキン、チョッキン・・・・。
音がイナカーナ州庁舎駐車場から反響してかえってくる。
剪定しながら音楽が聞きたくなり、携帯ラジオを胸に入れ
イヤホーンを装着する。
そこで、剪定がはかどる音楽を紹介しよう。
それは、ベートーベェン「交響曲第七番」、中でも第四楽章。
剪定のうまいへたはさておいて、乗れる、のれる、ノレル。
曲の高揚感(こうようかん)が剪定リズムを盛り上げる。
交響曲第七番はベートーベェン自ら初演で指揮し、成功を収めた。
この曲をリストは”リズムの神化”、そしてワーグナーは”舞踏の聖化”と評した。
剪定ばさみも、うなずいた。

もう一曲は誰でも知ってるヴィヴァルディ
ヴァイオリン協奏曲「四季」の中から夏。
春に辟易(へきえき)してる人はとばして聴いてみるといい。
夏の野原で雷鳴と稲妻が羊飼いを襲う情景が描かれる。
嵐の来る前に早く剪定を終えねばならない。
トその気になる。



追記) 筆者が聴いてるCDは
「交響曲第七番」はフリッツ・ライナー指揮/シカゴ交響楽団。
「四季」はパイヤール指揮/パイヤール室内管弦楽団。
ちなみに「四季」は冬もいい。
このCDは古い録音をビクターがXRCDという技術でマスタリングした。
聴いてみるといい、音が・・・!である。

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2007年7月25日 (水)

センテイの季節 ふろく写真①

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イナカーナのバオバブの木。
バオバブの木は<星の王子さま>では
確かいい役ではなかった。
が、アフリカの現地ではバオバブの木のような人になりたいと
言われるほど人望のある木だそうだ。

イナカーナではこの木を蛸(たこ)の木とも呼ぶ。

注釈)センテイのコストは莫大だ。
大きな木は二年に一度の剪定となる。
これは所有者の意向。
つまり、イナカーナ的セツヤク。

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2007年7月24日 (火)

ドップラの滝

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ドップラの滝へひと月ぶりで水汲みに行ってきた。
水汲み場にささやかな花が飾ってあった。
こんな気持ちがイナカーナにはまだある。
先だって、NHKラジオ第一を聞いていたら、
<情熱大陸>で取り上げられたことのある
イナカーナにあるレストランのシェフがゲストだった。
その時、読まれたファックスにドップラの滝が出てきた。
都会から夏にイナカーナに訪れた時の話だった。

教えたいけど・・・、教えたくないドップラの滝。
イナカーナのハムレットは今日も悩む。

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2007年7月23日 (月)

夏の色

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夏はスイカだ。
イナカーナではこれが切符になる。
だから、汽車に乗って見るといい。
網棚(あみだな)に小さいのやら大きいのやらがずらり並んでいる
駅員は改札で包丁を持ち、待ち構えているので
素直にスイカで支払いするとカットされてしまう。

だから、ボクとその仲間は改札に人がいないのを
見計らって、スイカを抱えて走りぬける。
このスリルといったら・・・・。

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2007年7月22日 (日)

神の恵みかな

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「落ちてるものは、たからものなの」
日に焼けた肌と黒い瞳を持ったインディオの少女は言った。
アンデス山脈の線路沿いには観光客が捨てた空き缶が
転がっていた。

イナカーナに落ちているものは、
<たからもの>あるいは<ゴミ>、どちらだろうか。

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2007年7月21日 (土)

イナカーナ カエル注意報

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イナカーナ州議会は只今、夏休み中である。
州知事ツルリは外遊中と言いたい所だが、近所を散歩してた
目撃情報があったので案外近くの・・・。
さて、きゅうきょ、州議会・事務局より
<カエル注意報>が発令された。


カエル注意報
イナカーナ州に住む皆さんへ
一つ、例年より雨が少ないとはいえ梅雨である、雨漏りに注意せよ!
一つ、夜間の散歩では特に人族、アマガエルをアヤマッテ踏まぬよに!
一つ、アマガエルもアマガエルだ。先へピョーン、
         ただ飛べばいいってもんじぁない。
    道路横断の際は人の子供を見習い、左右をよーく見るよに!
一つ、鳥類、特にカラス族、道路でペチャンコになったかわいそうな
    アマガエルにはもっていく前にひとこと、すまぬとわびること。
一つ、じめじめしたこの雨の季節に誕生日を迎えた皆さん、
         ハッピ・バスデ・梅雨

   
 以上。
                   イナカーナ州 議会事務局

これを見たアマガエル、
最後の一つがなんなのかと首をかしげた。

    

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2007年7月20日 (金)

センテイの季節 前編

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フクミミより剪定を命じられた私は
六月末より庭木を切り始めた。
従来この仕事はフクミミが担当しており、昨年までは早朝から
チョッキンナと庭木にはさみを入れる音が聞こえていたものである。
思えば、人ががんばっている姿を見たり聞いたりするのはいいものであった。
が、今年は残念ながら自らがチョッキンナに励まねばならなくなった。
確かチャップリンの家の庭師は日本人だったはずだ。
できないことではないと無理やりこじつけた。
引継ぎ事項はもちろん何もなかった。
フクミミ、男は黙ってのタイプである。
私は頭に麦わら帽子、長袖の綿シャツ、首に手ぬぐいを巻いて、
長靴を履き、虫よけスプレーを出ている肌に吹き付けて、庭に出陣した。
剪定ばさみはどうやって使えばいいのか、
ほとんどわからないままに実践に突入する。
花が終わったツツジから切り始める。
ツツジはピンク色の花がしおれ、若葉が飛び出している。
最初にてっぺん、次に周囲とはさみを入れた。
丸い形状のツツジの木が四角にならないように気をつけた。
<シザーハンズ>のハサミ男ジョニー・デップが脳裏をよぎる。
何本かのツツジの剪定で汗がしたたり落ちる。
午前中、数本の庭木の剪定を終えた。
下着を汗だらけにして初日を終了する。
果たして、これが剪定と言えるものかどうかは後世にゆだねたい気分である。

午後、本屋で文庫本を手に取り見ていたら本が揺れる。
左手が小刻みにふるえていた
フーム、午前中の剪定のなごりだな。
ふるえる手で冒頭を読んだスティーブン・キングの
「トム・ゴードンに恋した少女」は面白い小説なのか。
たぶん、「スタンド・バイ・ミー」に負けない
手がふるえるほどの出来に違いない。

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2007年7月19日 (木)

鬼瓦がやってきた

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日曜日、学生時代の友人鬼瓦(おにがわら)が
東ノ都からイナカーナにやってきた。
鬼瓦繁蔵は学生時代、自主映画の監督をやっていた男である。
今回の目的はイナカーナのトリウミ山と月ノ山に登山するためだった。
鬼瓦は随分前に中高年登山に目覚め、ニッポン百名山
踏破しようとしている。
勤め人なので休日、祭日を利用し登る。
今回は金曜の夜行バスでやってきて、翌日その足で
トリウミ山へ登山し山小屋へ一泊した。
下山した日の夕刻、
北の港町の居酒屋で私たちは何年か振りの再会を祝った。
生ビールで乾杯
トリウミ山からイナカーナ平野までなんと歩いて下りてきたと言う。
頭にバンダナ、大きめの黒リュック、登山靴姿の鬼瓦は
とても様になっていた。
都会に住むものが地方の山に登り、イナカーナに住む私は
地元の山にさえ十分に登ったことがない。
マア、ソンナモノダ。

聞けば、鬼瓦は百名山もほぼ半分を登り、
近年は東北の山に重点を置いている。
おりしもこの日は、台風が各地に被害をおこしながら日本を北上、
関東付近の太平洋上にあった。
トリウミ山は霧と雲に包まれ、登山中は歩く周囲しか見えない。
それでも、霧の中トビシマカンゾウの花がオレンジ色で
とてもきれいだったそうだ。
「トリウミ山は、また登りたい山だ。今まで登った山の中で5本の指に入る」

そんな話を嬉しく聞いた私は鬼瓦に純米冷酒の盃(さかずき)を勧めた。
「飲みねえ、食いねえ」と私はイナカーナの石松になる。
鬼瓦は今晩、海坂藩のビジネスホテルに泊まり、明日は月ノ山に登ると言う。
「登山をやると、他に怖いものはない。翌日の仕事、どんとこい!」
と胸を張る。鬼瓦は山歩きで気持ちもたくましくなっていた。
・・・そんなふうに北の港町の夜は更けていった。


追記) 後日聞いた話では、月ノ山登山中におこった
新潟県中越沖地震には気づかなかったそうである。

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2007年7月18日 (水)

紫陽花に会いにゆく フォト8

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記憶に残るアジサイはいつも青
夏の予感がした

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2007年7月17日 (火)

メロンという舟に乗る

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イナカーナ、北の海のそばには大きな砂丘地帯が広がる。
砂地だから水はけがいいのだろう。
そこのハウスか路地でツルから切り離されたは、
イナカーナの店頭に並んでいた。
昨夜、舟は我が家の冷えたドックへ入った。

そして、今朝、船出の朝を迎えた。
「どこへ、船出かって?」
もちろん、クーチ、ノード、ショックダドウ、イー、
エンゲルハンス島などが浮かぶ多島海へである。
風はどっちへ吹いている?
おいしい季節は気分も快適だ。

翌日、ニュースを見ていたらメロンにかぶりつく小学生。
イナカーナのハマナーカ地区の小学校給食にメロンが
一人につき半分出てた。
さすが、ハマナーカの生産者である。

注)ちなみに、多島海は<ゲド戦記>にでてくる。

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2007年7月16日 (月)

今年はじめて・・・。

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台風が去り、地震が家を揺らし、
今年はじめて、セミの声を聞いた。

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2007年7月15日 (日)

紫陽花に会いにゆく フォト7

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賛成多数につき、本件はムリヤリ可決しました。
ある美しい国のできごと。

アレックス・カーが<情熱大陸>で言っていた。
「この国は醜い国になろうとしている」と。
確かに、公共工事で造られた山河は政治家のに似ている。
街の景観でも指定の場所だけ美しいとはなさけない。
周囲の者も意識を広くしないと美しい国にはなれない。

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2007年7月14日 (土)

枝豆に笑う

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シェフの実家から枝豆をいただいた。
今年の初物だったので、こんな顔で受け取った。

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2007年7月13日 (金)

紫陽花に会いにゆく フォト6

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風がなかったので、少し眠った。

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2007年7月12日 (木)

紫陽花に会いにゆく フォト5

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しあわせのかたち アマガエル風
と言っても、ここはフランスではない。

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2007年7月11日 (水)

紫陽花に会いにゆく フォト4

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モンタギュー家とキャピュレット家は
覇を競(きそ)うかのように相対した。
ところで、肝心の主役はどこだ。

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2007年7月10日 (火)

紫陽花に会いにゆく フォト3

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「ここ、とてもいい場所なんだ」
アジサイにもサッカー好きがいた。

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2007年7月 9日 (月)

朝 玄関に・・・

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朝、玄関につちのこが届いた。
いただきもののつちのこは早速まな板にのり、
ホタテ、くるまと一緒に煮られた。
和風つちのこしょうゆ味。
とてもやわらかい夏の味がした。

朝のいただきものはイナカーナの季節を運ぶ。
このつちのこ、源氏名を夕顔と言う。

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2007年7月 8日 (日)

紫陽花に会いにゆく フォト2

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「カッコウー、カッコウー、・・・カッコウー」
カッコウは確か三度鳴いた。
ピンク色のアジサイをケッコウ気にいった証拠だ。

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2007年7月 7日 (土)

フクミミ 夏の好物を食す

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サー・ペロリ・フクミミの夏の好物は<なす>である。
なすは町から離れたイナカーナ平野の畑で大事に育てられた。
四月も終わる頃、耕した畑に風除けのネットを張り、
なすの苗は植えられた。
その後、毎日のようにトラカーで畑へ駆けつけ、
水やりし、日々成長するなすをフクミミは見守った。
むらさき色のきれいな花を咲かせ、なすは実をつけた。
そして、グングン大きくなった。

先日から、収穫がはじまった。
なすはほとんど全てフクミミ本人のお腹へ入ることになる。
家族にもあまり勧めることがない。
フクミミは自分の好物に正直である。
フクミミ、食べる前日にもいできた(収穫してきた)なすを洗い、
塩とミョウバンで丹念にもむ。
陶器に入れ、重しを載せ一晩漬ける。

翌朝、台所のテーブルの上には
目にも鮮やかな<なすの一夜漬け>が登場する。
夏にぴったりの濃紺色のなす。
フクミミ、しょうゆがたっぷりの小皿になすをつけ、かぶりつく。
むしゃぶりつくと言ったほうが表現として適切かもしれない。
水分をすするかのような音をたてて食す。
まるで、打ちたてのソバを食べるかのような迫力がある。
いつだたったか、「フクミミはおいしそうに食べるね」と
メイ・ヨークに感心されたこともあった。

フクミミ、朝夕、時に昼食でもなすを食べる。
さらに、夕飯にはゆでたなすを食べることもある。
一日12本食べるとすると7、8月の二ヶ月間で
合計720本のなすがフクミミのお腹の中に入っていくことになる。
さて、夕暮れ時。
畑に向かうトラカーのけたたましい音がする。
ちなみに、フクミミの住まいする<離れ>の照明スイッチと
コンセントプレートは福島より取り寄せた会津塗り、
色は<なす紺>である。
好物には一心不乱の竜馬、いや
フクミミが行(ゆ)く。

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2007年7月 6日 (金)

紫陽花に会いにゆく フォト1

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「青の王国へ、ようこそお越しくださいました」
ガクアジサイはキリッとした口調で言った。

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2007年7月 5日 (木)

ツルリ 世界遺産候補を登る (その6)

ツルリは帰りの石段で1個だけゴミを見つけた。
小さな菓子の小袋。
山道入り口の急な石段だったから、
誤って落としたのかもしれない。
<歯黒山>本殿に
落書きがあった。
最近のものとは思えなかったので、大昔流行ったものだろう。
世界では遺跡から落書きが出てきた話もあるが、
名前だけの落書きはとにかく美しくない。
「書くのなら、もっと考えて書きなさい」
おーッと、落書きを勧めてはいけない。

下りの石段、中盤にある二ノ坂前の茶屋に寄った。
先客の話題は近くで鳴くオオルリだった。
その姿こそ見えなかったものの、きれいな鳴き声。
いつまでも変わらずにオオルリの声を聞くことができることを願う。
眼下に広がる平野が見渡せる場所に腰をおろす。
青い海まで見える。空気が澄んでる。
タケノコ汁を注文した。
汁は月ノ山筍という白く細いタケノコと豆腐が入る。
鳥、山菜と店の人と話がはずむ。
頼んでいないのに器を差し出された。
青ミズのごまだれかけとのことだ。
思わぬサービスである。
話に花は咲かせるものである。
青ミズのシャキシャキした歯ごたえを楽
しむ、歯黒山。
おととい、世界遺産に某銀山が登録決定のニュースを見た。
事前の情報では不利だったが、最後のアピールが効いたらしい。
途端にテレビは現地取材である。
「(世界遺産になっても)何もかわらないこと
土地のお菓子屋さんがインタビューに答えていた。

これだなとツルリは思う。
ほんの小さな言葉や気持ちでその土地の印象は一変する。
表面に見えないものにこそ意味がある。
予算がはじめにあってはいけない。
この<歯黒山>に住む人のココロが大事である。

去り際、茶屋で石段を登ったあかしの<認定証>を頼んだ。
「(前略、中略)二千四百四十六段を踏破したことを認定する」とある。
海坂藩藩主名の認定だった。
登った人の氏名を店の人が筆で記入してくれる。
認定証を手にし、喜んで石段を降り始めたツルリだった。
いっぷくしたためか、認定証のおかげか足が軽い。
石段をただただ歩く、これがいい。
(ツルリ 世界遺産候補を登る おしまい)

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2007年7月 3日 (火)

六月の石段 その五

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ひとり離れる そんな時もある

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2007年7月 2日 (月)

ツルリ 世界遺産候補を登る(その5)

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午後、ツルリは<歯黒山>山頂を後にした。
午前中登ってきた同じ石段をこれから下る。

「こんにちわ」と石段を登ってきた子供たちにツルリが声をかけると
コンニチワ」とにっこり返すのは異国の小さな旅人たちだった。
アメリカはコロラドあるいはロシアから来たと言う。
友好なんとかのホームステイだな。
「山頂まであと、どれほどかかるの?」
うんざり顔のホームステイに聞かれたので
「スリー ミニッツ」と答えたら、ホームステイは飛び上がって喜んだ。
何人か騒がしいホームステイがいたので、
「静かにせよ、ここは霊山なるぞ」と注意したかったが
語学力不足のツルリは言葉を飲込んだ。
霊山をトーマス・マン・マウンティンと言っても無理だろう。

下りの石段は踏み外さないように一段一段、注意が必要。
足元を見ていると、周囲の景色がおろそかになる。
さて、この歯黒山、世界遺産に認定されたら、どうなるか・・・。

すぐにニュースが全国へ流される。
見た人は、うーん一度足を運びたいものだと思う。
行政はどんなかかわり方をしてくるだろうか。
旅行代理店はぞくぞく、いや、もっと凄いなだれツアーを組む。
近辺の温泉、宿泊施設が受け入れを整える。
地元の人たちはその受入れの対応を検討する。
観光客の多くはバスで来る。土日祭日の山道はツアー客であふれる
石段の山道を降りてそれほど遠くない国宝<五重ノ塔>を
見てすぐに戻り、バスで山頂へ向かう。
石段は登るのに体力も時間もかかるのでツアー客の多くは利用しない。
山頂ではガイドさんの説明もあり、少しばかり霊山気分を味わう。

限られた日程とスケジュール。賛否はいろいろあろう。
ことによったら、歯黒山を訪れる観光客において日本人より
外国人の方が歯黒山石段を登る確立がより高くなる。
おもしろい現象だ。
何年か、観光客は数パーセントは増えるだろう。
経済効果も○○億あったなどと算出される。

問題はその後だ。
歯黒山は世界遺産に登録されたら
何を伝え、残せるのだろうか。
( ツルリ 世界遺産候補を登る その6 へ続く )

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