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2007年6月

2007年6月30日 (土)

六月の石段 その四

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日常を越えてみる転校生のように 

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2007年6月29日 (金)

ツルリ 世界遺産候補を登る(その4)

「・・・暑いな」ヘビが言った。
落ち着いた低い声。
ツルリはその姿を見た途端、思わず一歩半後ずさった
・・・ヘビは何ごともないように平然としていたので
おそるおそる半歩進んでツルリも平然をまねた。
ヘビが何か言いたそうに感じたので、様子を見ることにした。
砂利の上で周囲をうかがっている。
ミドリ色のながーいヘビは左右に首を向ける。

時おり、先の割れた長く赤いを出している。
チロチロ震える赤い舌。
ケッコウ不気味だ。

「・・・世界遺産を知ってるか?」
突然、質問を受けた。
もちろん、ツルリも知っている。
キミの仲間コブラに噛ませて最期を遂げた
エジプト王朝最後の女王クレオパトラ。
女王の墓は今も不明だが、
エジプトの世界遺産はそれはすばらしいものだった。
問いにうなづくと、その<ミドリながヘビ>は語り始めた。
「そう、エジプトの神殿遺跡の移築が世界遺産を
誕生させる契機だった」低い声は続けて、
「1954年、時の大統領ナーセルはエジプトの近代化をはかるため
アスワン・ハイ・ダム建設を計画した。
それに伴い、ヌビアと古代遺跡群が水没してしまう。
ユネスコが救済を提唱し、世界各国から技術と資金が集められた。
大プロジェクトだった。
特にアブ・シンベル大神殿。
ラムセス二世の巨大な岩が解体され、離れた高台で再び組み直される。
大きなクレーンがラムセスの顔や体の岩を吊り上げる。
完成まで五年の年月が費やされた。
現代でこれほどの大工事だ。
はるかな時を隔てた当時の技術水準の高さには驚かされる

この大事業があったから、エジプトを訪れる観光客は
三千年も前の世界を目の前に見ることができる。
そして、世界に残る遺跡遺産を未来に残そうという機運が
世界的に広がった。
それが現在の世界遺産へとつながった」
<ミドリながヘビ>は舌をチロ、チロ、遺跡保存への熱さを語った。

フーム、ちと長いな。
「ところで、本題は何かな?」
ツルリがせっかちにも催促したものだから、
ヘビはツルリをひとにらみ、
アッという間にクネクネ、草むらへ姿を消した!
「オーーーッ」ツルリは目を丸くする。
このヘビ、エジプトに行ったこともないのにと
ツルリ内心思ったのがばれたかな?
失敗したかなと反省することしきり。
暑い、熱い。

そして、ツルリは考えた。
この<歯黒山>が仮に世界遺産に登録されたとしよう。
すると、どうなるか・・・。
( ツルリ 世界遺産候補を登る その5へ続く )

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2007年6月28日 (木)

六月の石段 その三

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見返りオジサンはやっとここです

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2007年6月27日 (水)

さくらんぼ通信

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今回のシェフの宅急便は今が旬のプチトマトである。
うそである。
毎晩、帰宅の遅いラッカセイ国へ住むメイへ送る。
フクミミの作ったキャベツも入れた。
インスタントラーメン、カレー、即席みそ汁も入れた。
栄養ドリンクはすき間にねじこんだ
この暑さに負けてはいられない、シェフは詰めることに燃えた。
クール便に鉛筆で記入し、最終配達の時間指定をする。
車に積んで、持ち込みにする。

戻ってから、気づいた。
送り状の品名欄に<イチゴ>と書いた。

シェフの宅急便は明日届く。

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2007年6月26日 (火)

おいしい水に誘われる

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アストラッド・ジルベルトのボサノバ<おいしい水>に誘われて
当地イナカーナの名水<ドップラの滝>へ水汲みに行ってきた。
天気は快晴、トリウミ山がソラより青い、残雪も見える。
雲白く、昼の温度は30度近い。
以前は夏の間中汲みに行ってたのに、二年ぶりになる。
地元とはいえ、イナカーナは広いので距離がある。
久しぶりのドップラの滝は道路から山道に砂利が敷かれ、
植物を紹介する木の葉形の表示板もあり、
ずいぶん整備されていた。
こんな山中なのに、夏場の日曜にでも行こうものなら
狭い山道は車が並び、
車のすれ違いもままならず
交通整理を自らかってでた人も見かけたこともある。

ドッパラの滝は小さい二本の滝。
柄のついたヒシャクでほとばしる水をすくう。
トリウミ山八合目から岩の中を何日かかけて通り抜けてきた水。
冷たくうまい。
フゥーッと大きくいてみる。
そして、水を汲む。

エーサッ、エーサッ、エサホイ、サッサ。
ポリタンク2個を両手に持ち、道路から滝を2往復。
合計40キロの水を車に積んだ。
帰り道、稲の苗の広がるみどりに囲まれた道を
車は涼やかに走る。
<おいしい水 積んでます>シールを
車のガラスにでも貼りたい気分だ。

イナカーナも徐々に水と安全はタダが難しくなりつつある。
けれど、できる限りイナカーナで飲める水はおいしくありたいし、
外出の際、鍵もかけることを忘れても大丈夫でありたい。
ドートクと国にとやかく言われるまでもなく
住む人の心を信じたい。

「こっちの水はあーまいよ」
これを<誘い水>と言う。
都会の病(やまい)はもらわぬように・・・。

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2007年6月25日 (月)

ツルリ 世界遺産候補を登る(その3)

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石段を登り切ったところにある鳥居をくぐり、
ツルリはようやく<歯黒山>の山頂に到着した。
これだけ汗をかくと、むしろ爽快である。
三神を祀(まつ)る三神合祭殿は日本最大のかやぶきの屋根を持ち、
かやぶきの茶と建物の朱色が木々のみどりに映える。
かやぶきの曲線がなんとも言えず見事だ。

合祭殿の急な朱色階段を昇ったツルリは
あるだけの小銭を賽銭箱にほうると
正面の祭壇に向い深く二礼し、拍手(かしわで)を打つ。
そして、目を閉じた。
一、イナカーナがいつまでも良きイナカーナでありますように。
一、家内安全、交通安全、身体健康、ほかムニャ、ムニャ。
一、うまいソフトクリームが食べられますように。
・・・最後は余計かもしれない。
階段を降りる。山頂は平日のせいか人も少ない。
大きな鐘が見えた。

大晦日(おおみそか)のNHK番組<ゆく年くる年>で
たびたびこの歯黒山は紹介される。
ゆく年くる年の冒頭、新年になった瞬間、カメラの映像は
この国のいづれかの寺社をとらえ、かつ
音声は鐘の音やお参りする人々の密かなざわめきを伝える。
そこではじめて、NHKアナウンサーの抑制された声が入る。
この新年に切り替わった瞬間からアナウンスが入るまでの
日本の風景と音の<長い間>が最高である。

手水舎という建物がある。そこで、両手を洗い、口をゆすぐ。
この時、水を汲んだひしゃくを口に直接つけてはならない。
つけてはダメと後で注意書きを読んでから知った。
目だけであたりを窺うと、周囲の参拝者はどうやら気づいていない。
そんなことはしてません、ツルリは装う。すると、
ぉぉん、どぉぉん、どぉぉん。
合祭殿から大太鼓を打つ音が響いてきた。
空気が揺れそうな太鼓の音にツルリは思い出した。
ずいぶん前になるが、ツルリ愛車のご祈祷(きとう)もこの合祭殿で行われた。
その時、合祭殿中の畳にひれ伏し、
巫女による車安全祈願の詞(ことば)を聞いていた。
その時も大太鼓は打たれた。
ゲンシュクも時に気持ちがいい。

もうしばらく散策するか。
( ツルリ 世界遺産候補を登る その4 へ続く)

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2007年6月24日 (日)

本日のサクランボ

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幼い頃、プリン・アラモードを頼んだ時、
そして、大人になり牡蠣(かき)フライ定食を頼んだ時、
缶詰のサクランボが一個ついてきた。
歯ごたえのない、たよりない甘み。
幼少以来、その微妙な存在を私は冷遇した。
「なんのためにお前はいるのか」

宅急便という物流が整備され、
今は生のサクランボを収穫翌日には食べることができる。
サトウ錦>のわずかな酸味と豊かな甘み。
が、買って食べることはほとんどない。
食べるのは、決まっていただいたサクランボ。
買うのは、遠くに住む友人へ送るときに限られた。
まるで<ゾウトウヨウ>である。
産地の隣り州に住みながら、高価という意識が子供時分よりずっとある。
買って口にするくだものとして許可できなかった。
まだ寒い季節にテレビで見かける桐箱にでも入りそうな、
一粒何百円もするご祝儀相場のサクランボは

果たしてうつつかまぼろしか。
日本農業よ、どこへ行く・・・。
隣り州に住まいするキイロさんからサクランボをいただいた。
キイロさんのご主人は今がサクランボの
出荷最盛期で毎晩遅いと聞いた。
毎年、ありがとうございます。そして、ご苦労さまです。

<旬は短し 値も高し されど送れよサクランボ>
ってとこかナ。

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2007年6月23日 (土)

六月の石段 その二

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とぼとぼ歩けず ソラも仰げず ずを積む修行

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2007年6月22日 (金)

ツルリ 世界遺産候補を登る(その2)

汗は相変わらずおさまらない。
頭の蒸しバンダナが楽しみだ。
ツルリは”葉黒山”山頂、石段も半ば近くを登っていた。

おい!」と呼ばれた。
周囲には登るものも下るものもいない。
おそらく自分のことだろう。
石段の山道沿いには樹齢三百年以上という杉が居並ぶ。
声がした方に目を上げると一本のだと気づいた。
州知事をつかまえておいて
「おい!とはなんだ!」と応えるツルリ。
いや、本日は私人ツルリであった。
「この霊山をなんとする!」と禅問答のように杉が言う。
葉黒山はこの国を見渡しても名にしおう山伏修験の山である
「さっきから、聞いているとお前。
・・・ぶつぶつ文句ばかり言いながら登ってきたな!」
「・・・・・・・・」確かに当たっている。
汗をふきふき、この石段がいつまで続くのかとつい口に出たかもしれない。
「どういう思いでこの石段が敷かれたかお前は知っているか!」
信心深いツルリではなかったが、これだけの石段だ。
敷設(ふせつ)の労苦は並大抵ではなかったと推測された。
現代になり、山頂には車でたやすく登れるが
築かれた江戸時代、山に詣でた人々はこの石段に助けられ
信心を重ねたと言える。
「・・・わかった。後は言うな」ツルリは応えた。

改めるに遅すぎる時は無い。
先人の労苦を思い、足を進めよう。
粛々(しゅくしゅく)と再び登り始める州知事ツルリであった。
少し登って、
「・・・それにしても、あの杉、とんがりすぎだな」
小さくつぶやいたツルリの背に、
なにおー!」
葉黒山の杉は荒ぶる山伏でもある。
ツルリ 世界遺産候補を登る その3 へ続く )

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2007年6月21日 (木)

六月の石段 その一

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やっぱりいいねと木漏れ日のしたオジサンになる

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2007年6月20日 (水)

ツルリ 世界遺産候補を登る(その1)

西日本で梅雨入りしたと気象庁から発表があった日のこと。
ツルリ・キミジカーノはふうふう息を吐き、急な石段の途中で
しばし、立ち止まっていた。
ここには何度も来たが、いつも客人の案内ばかりだった。
普通であれば客人に二千四百四十六段の石段を登ってもらい
自分は車を山頂の駐車場に置くと、アイスクリームをなめながら
客人が登ってくるのを待つだけだった。
客人がハフハフ石段を登ってくるのが愉快でたまらない。
「そうです、石段を自分の足で登ってこそ、ここ”葉黒山”に来た甲斐が
あったというものです」といつも迎える側のツルリである。

それが今日、気が向いたというか自らの足で<葉黒山>の石段を
登ることにした。
おりしも昨晩のラジオで、とある銀山が世界遺産になれるなれないとか聞いた。
イナカーナ州のこの山々も世界遺産にと騒がれて久しい。
州知事ツルリは果たしてこの山々が世界遺産になっていいものかどうか、
私人として実際に見なくてはと足を運んだ。
とても感心な自分

石段に沿って杉並木が並ぶ。杉は樹齢三百年以上だそうだ。
天に伸びる杉の下を登る。最初は楽勝かと思われた。
が、一の坂、二の坂と登るにつれ、日ごろ歩いているはずなのに
ツルリの足は一段ごとに重くなった。
なぜ、ここの石段は幅がこうも狭いのか、
石段にやつあたりしかねない。
暑い、汗がでる、ふいても、ふいても出る。
こんなに汗がでるのは月ノ山登山以来かもしれない。
ふと、ツルリは帽子を取り頭頂部に手をやった。
見ると、手のひらがぬれている。
なんと、頭もこんなに汗をかくとは驚きだ。
きっと自分の頭からは今、汗でゆげが立ち昇っているに違いない。
「プッッ」とふき出すツルリ。
やかん頭”を思い浮かべていた。
言い得手妙(いいえてみょう)とはこのことだ。
バンダナで頭頂部をふいたら、水分を吸いバンダナが変色した。
これは面白い!
帽子の中にバンダナを入れて登ってみよう。
蒸しバンダナができるかもしれん。
再び、ツルリは石段を登りはじめた。

やがて、見上げると時代劇で言えば”峠の茶屋”とおぼしき
茶店(ちゃみせ)が見え、ツルリは次の二句を詠んだ。
石段の 一服せよと 足がいう
ゆげ立ちぬ 石段坂の 葉黒山

ツルリ 世界遺産候補を登る その2 へ続く )

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2007年6月19日 (火)

本日の卵焼き

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はたいへん良くできました。
今朝(けさ)の朝食。
シェフにリクエストしたところ、少々の抵抗はありましたが
とてもいいこげ具合で、ふわりと皿にのりました。
さすがシェフだと誉めたたえ、木に登ってもらいました。
ブー、ブー

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2007年6月18日 (月)

フクミミ 宅急便を受取る

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世間でいう<父の日>、メイから宅急便が届いた。
ガサガサと騒がしくフクミミは包みを開けた。

人からの贈り物に喜ぶタイプではない。
フクミミは昭和ひとケタ世代でもある。

人からものをいただくより、やるのがとりわけ好きである。
近年はもっぱら、しいたけを送る。
たくさん出た時は全国へ宅急便で送り、箱に詰めトラカーに乗り配りまくる。
(トラカーとはフクミミ専用の農作業に使う車。
フクミミ、ギアをファーストで走るので大変うるさい)
何事もダイナミックが心情、晴れなら晴天、雨ならどしゃぶり、
映画に例えればクロサワである。
しいたけを送った途端、いつお礼の電話がくるか気になってならない。
悠然(ゆうぜん)と構えているが、いまか、いまかと待っている。
夕食時(どき)、家人に電話がなかったかを問う。
思うに、人に喜ばれることが好きなのだ。
かつて、自分がしていた仕事にも相通じるものがある。

さて、包みを開けて出てきたのは会津塗りの木<下駄>だった。
フクミミが好んで身に着ける作務衣(さむえ)に合う履き物だと
メイからのお祝いメールにあった。
中国旅行も作務衣で行動するフクミミである。

フクミミの履くサンダルは家用、外出用の区別がない。
ツッカケ、外出もすれば、しいたけ仕事もする。
フクミミ、サンダルにも公平である。
泥だらけでも気にならない。
人は外見ではなく、ココロである。
土が好きだ、こそ自分の誇り。
メイたちはその泥だらけの誇りも見ていたのである。

「ハテサテ・・・・・」
いったいどのようにメイに反応すればよいものか。
プレゼントされて、ヨロコビの表現がわからない。
しかし、今度、外で大宴会があったら、
この下駄、履いてもかまわぬと思うフクミミである。

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2007年6月17日 (日)

星に願いを 夜のグランドにて

子供の頃、夜のグランドへ何度か行った。
ひまわり、夕立、せみの声と歌にあった夏休み。
家の中が暑かったので暑気払いも兼ねていたかもしれない。

フクミミが甥(おい)のデキールと
グランド一周のかけっこをはじめた。
当時の中学のグランドは田んぼに面しており、明かりもない。
かけっこはスタート地点からお互いが背を向けて走り、
どちらが速くスタート地点まで戻れるかだ。
スタート!一周300メートルのグランドをはだしになり、
暗闇の中を必死に走るふたり

それを見ていたのだから、私は審判を任命されたのだろう。
フクミミとデキールの地面をける足音と息づかいが
夜のグランドを疾走(しっそう)する。
すぐにタッ、タッ、タッ、コーナーを越えてここゴールに近づいてくる。
果たしてどちらが勝ったのか。

ふたりは年の差は親子ほどあったし、デキールは勉強と同じくらい
スポーツも大いに出来たのでフクミミが負けたはずだ。
フクミミは負けに納得できず、再度、勝負を挑むが結果は同じ。
ゴール後、フクミミとデキールはグランドの草の上にたおれこみ、
ハアハアしながら、息がおさまるまで仰向けだ。

私はと言えばグランドの奥にある鉄棒へ向かい
さかあがりの練習をはじめる。
まず、鉄棒をしっかり両手で握り、足を前後にずらす。
腰を中心に体を前後に揺らし、地面を蹴るタイミングをはかる。
ここッ!というところで、地面を蹴り体を宙へ浮かせる。
すぐにお腹が鉄棒をとらえ、次に体上半身が回転する。
両手で鉄棒を支え、お腹をいくぶん前へ出し鉄棒の上で静止する。
目の前に広がるのは夜ゾラ

これでもかというほどの数の星が目に飛び込んでくる。
そんな時、視界のどこかですーーと音もなく星が流れる。
短い、2、3秒、長くても4、5秒。
あわわっ、あわてて唱える願いごと。
けれど、消えるのが早く、
<星に願い>が届かなーい。

気が合うフクミミとデキールは別の勝負の相談をしている。
昭和30年代、イナカーナにも”願いをかなえるソラ”が
まだたくさんあった頃のはなし。

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2007年6月16日 (土)

事務局 ゴミコレ候補を受付ける

先に州議会事務局より発表された<イナカーナ州 ゴミコレクション>、
通称”イナ・ゴミコレ”に今夕、最初の候補が飛び込んできた。

まだ、ゴミコレを知らない方のために説明すると
イナカーナがずーっとイナカーナであるために<ゴミ大賞>を選定し、
イナカーナに住むものの心意気ってやつを広く内外にしらしめよう!
ということらしい。
(意味がよくわからないが・・・・)
そこへ、早くもゴミコレ候補第一号である。
届出は、候補にくっついて入ってきた近眼ガエルであった。
飛び込んできたときにはこのカエルすでに
目を回して泡を吹いていた。
州議会事務局が認定のため仔細(しさい)検討している時、
トイレ帰りの州知事ツルリ・キミジカーノがたまたま事務局ドアが
開いていたためノックと同時に頭をいや、顔を出した。
事務局面々はまた話をややこしくするだけだと内心思ったが。
「これ、これがゴミコレ候補第一号?」とキミジカーノ。
ハンカチで手をふきながらツカツカと候補に近づいた。
しげしげと眺め、
「君たち、人種(ひとしゅ)トム・ハンクスが出てた映画
<キャスト・アウェイ>を見たかね。
荷物配送会社に勤めるトムは乗ったヒコーキが嵐で事故にあう、
一人助かり、海の孤島で来る日も来る日も助けを待つことになる。
もちろん、助けは来ない。
その孤独の日々、トムの心の友となったのは何を隠そう
ウイルソンという名のバスケットボールだった。
実に実にアカデミー主演小道具賞候補にも値する名演ボールであった」
そうだろうとキミジカーノは事務局面々を見渡した。・・・うなづく者はいない。
あいにく、彼らに昼寝の習慣はあっても映画を見る習慣はなく・・・。
事務局面々、グーの音も出ない。
その時「ゲッ、グッ」近眼ガエルがゲップした。
ひとにらみしたキミジカーノ。
「これは、まさしく人種が使うボール。持ち帰ってもらいなさい」
ドアを閉め、でていくキミジカーノ。
その時、知事の後頭部が窓からの西日を受け光り輝き、残像を描いた。

かくて、イナカーナ州ゴミコレ大賞、候補第一号は却下された。
「ウググッ、ググッ」
近眼ガエル、持ち帰ろうにもボール手が回らない。
誰か、誰か、再び、け飛ばしてくれぬものか。

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2007年6月15日 (金)

じねご山からきたワラビ

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シェフ・ゴロタンがじねごで求めたきたワラビ
じねごはイナカーナ州の隣り、山の中にある。
山菜の王様、ワタビたるものこうありたい。
とても、りっぱ
(ここだけの話。シェフはワラビの色だしに失敗した。成功したら、
きれいなミドリ色となるはずだった。がっかりするシェフだった)

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2007年6月14日 (木)

近眼ガエル 不都合な真実に遭遇する

「おまえがあれか!」
近眼ガエルは一匹(ひとり)ごちた。
わかりやすく補足すれば、
「おまえがあの<不都合な真実>の一味か!」
と言えば少しはご理解いただけるだろうか。
近眼ガエルは人種(ひとしゅ)が話してた映画のことを
水田は用水路の草かげから、最初はなんとはなしに聞いていた。
人種め、また、勝手な自分たちに都合のいい話をと
最初は聞く耳を持たなかったが、
地球のどこかで氷がとけたとか湖が干上がったことを聞くに及び、
耳をそばだてた。(といっても、カエルの耳はどこだか・・・)
ここが砂漠になったら、俺たちはどうなるんだ。
これは他ガエル事(他人ごとの意)ではないなと思った。

近眼ガエルはいきどおる。
「ケッ、ゲコ、こんなんなって、どうすんだよ」
そういえば、昔と違いイナカーナにほんものの夜がなくなった。
いったい、どこまで明るくすれば気が済むのか?
<不都合な真実>でもあったそうだ。
地球の夜、光のはんらん。
この国は夜も寝ないで働こうとするのか?
しばし、顔を上げていた明かりを見ていたカエルだったが
ひょいと顔をこちらに向け声をひそめると、
「いいかい。夜がなくなってしまうと・・・、ゲコッ、本当につまんなくなるよ」
「お化け、お化けが出なくなってしまうんだからね」
ウムムと得意そうに同意をうながす。
「ひょとすると、神様たちも引越してしまうかもしれんぞ」

「ゲコ、ゲコッ、ゲコ」
近眼ガエルは抗議するのだが、
その明るすぎる物体はウーーーンとうなり声を上げ続けるだけだった。
通りがかりの人種がお金を投入すると
缶とか小さな箱を吐き出す”不都合な真実”は
イナカーナを一晩中照らしていた

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2007年6月13日 (水)

イナカーナ 色々な色のこと

新聞を見ていたら、コンビニRソンの記事があった。
このコンビニは店舗カラーである明るいブルーで認知されているが
新潟ではオレンジ色でも店舗展開していると言う。
担当者の意向があってなんとか許可され、
それが地元Jリーグサッカーチームのチームカラーでもあり好評という内容だった。
まあ、このRソンに対しては消費者もブルーで見慣れており、すっかり
意識に刷り込まれてしまっていたのでオレンジも新鮮に映ると思う。
他にも赤、茶、グレーもあるそうだ。
このRソン、野菜も取扱う店もあれば高齢者向けの店もある。
コンビニ最大手を追う業界第二位としてはいろいろ手を打たねばならない。
そして、地域に合わせた店づくりなど商店も行政も見習う点(店)は多い。

銀座に第一号店を出したハンバーガーで有名なMドナルド。
赤と黄色の色使いは強烈でMのマークとともに
アメリカ文化の象徴を覚えた時代もかつてあった。

日本で独自の発展を遂げたコンビニ最大手赤と緑の7イレブンに
日本は席巻された。席巻は当事者に失礼かもしれない。
が、快適、便利は世界の全てではない。
7イレブンが日本で最後の最後に当地イナカーナに進出した途端、
店舗は雨後のたけのこ状態だった。
もちろん、私も都合よく利用する。
7イレブンは売れる売れない商品の入れ替えを誇るので、
何が若い世代に好まれているか知ることができる。
いい場所に置かれた売れているガムなんか口に入れて
これはいいと納得したりもする。
根っからのイナカーナ人フクミミもおにぎりがうまいと三個はほお張る。

ただし、売れ筋ばかりで種類の豊富さに欠ける不満もある。
目的のものがない場合も多々ある。
○○はないかと三度言われたら仕入れすると語る7イレブンだから、
家族三人、時間差で同じ商品を繰り返せば、欲しい商品を置いてくれるかナ。
面倒なので未だ実行してはいないが。

話を戻そう。
イナカーナではどんな色が望ましいのだろうか。
街、電柱、街路灯、看板、建物・・・には。
日本の他の地方同様、イナカーナにふんだんにある色は
ソラの豊かなアオ、水田の薄い水色、木々の茶、葉のミドリ、
稲穂のコガネ色、冬の海の鈍いグレイ、夕焼けのオレンジ、
漆黒ではなくなった闇色といったところだろうか。
そんな環境で生まれ育ち、なじんだ自然の色に私はやすらぐ
イナカーナに合う色は自然に溶け込むことができる配色が好ましい。
変(人工的)な色はなじまないので(拒否として)ケッコウ。
それらは日々壊され創造される都会でどうぞ実験を。

先年、ミラノに行った。ミラノのドゥオモ(大聖堂)はナント五百年も
かけて造られ、いつもどこそこと工事中である。
こんなにも時間をかけられる”ふところの深さ”が石文化にはある。
ドゥオモの広場に隣接してヴィットリオ・エマヌエーレ2世(が造った)の
ガレリアがある。
美しくすばらしいガレリアの天井はガラスと鉄で造られ、
世界中のアーケードのモデルとなった。
日本のアーケードと比較してはいけない、(がっかりするので)そこは我慢。
なにせ、向こうは簡単に燃えない石づくり、地震の頻度も少ない。
日本は木と紙の文化、もののあはれの地震国であーる。
日本は日本のやり方で。

あんぐり口を開け、私はガレリアの美しい天井を見上げていた。
やがて見上げるのに疲れて、視線を下に落とす。
ガレリア内、本来、のMドナルドの配色はが基調となっていた。
由緒正しきガレリアに調和する落ち着いた黒のMドナルドだった。
自然に囲まれたイナカーナを考える色のヒントがあった。
色はそこまで考えよ。

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2007年6月12日 (火)

メイの好物は・・・

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みつけた、みつけた。
幼いメイはヨチヨチ歩き近づくと手を伸ばし、
むんずとつかみ、なめた。
言葉にならないままに顔が勝手に反応する。

これはなんだ?
シェフからウメボシと言われたが、なんのことか?
どこからきた星か?
シェフ恒例の行事、夏の梅干しづくり。
いつのまにか、庭でこのザルを見つけると、
近づいてしまう自分がいた。
すぐに、メイはこのすっぱいさに味をしめた
いける、いける。
メイの味覚はイナカーナでつくられた。

成人したメイはチュニジアに行った時にも
シェフ特製の梅干しを持参した。
すっぱーーー、口中に広がる。
ハードな旅はこれに限る。

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2007年6月11日 (月)

放課後の音

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中学の体育館から放課後の音がした。
それは、バスケットかバレーボール。
球技の苦手な私はいつも文科系で、
残念なことに放課後にの思い出がない。

あなたはどんな放課後をすごしたのだろうか。
あるいは、すごしていますか?

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2007年6月10日 (日)

シェフの宅急便

おとといの夜遅く、メイから電話があった。
ふだんならシェフ・ゴロタンはとっくに夢の中
ショートケーキを食べている時間であーる。
この時はたまたま起きていた。

<東ノ都>の隣国、ラッカセイ国(こく)に引っ越したばかりのメイは
毎日懸命に働き、帰宅も遅ーい。ご苦労なことだ。
イナカーナで暮らせば夜は趣味の時間でもつくることができるのに。
しかし、メイの選んだ道である。
シェフはメイの応援団長だった。

メイからの食べたいリクエストは<いちごと梅干し>だった。
「ナント面白い組合せ!」
五月の黄金週間、メイがイナカーナに戻った時、地物いちごを食卓に出した。
おいしそうにメイは食べていた。彼女はその時の1パック320ダーズン
(イナカーナ通貨のこと、換算は円と同じ)のいちごを思い出したのだろう。
イナカーナ、そろそろ、いちごの旬も終わろうとしている。

イナカーナ州の海沿いにはこの国二番目の砂丘地帯が広がる。
空から砂丘を見下ろせば、林の合間に数多くのハウスが並ぶ光景が見える筈だ。
そのハウスの中でイナカーナの光をたっぷり浴び、赤く色づくいちご。
地物いちごは名を<おとめゴコロ>と言う。
小ぶりだが、口にするとほんのり酸味があり甘ーい。
シェフが夢で見たショートケーキにもぴったりのいちごだ。
早速、今日、出かけたシェフは生産者が開いている直売所からいちごを購入した。
もちろん、肝心な朝採れかも確認した。

明日の朝、メイがこの荷物を開けた途端、
いちごの香りが部屋いっぱいに広がることだろう。
考えると、それだけでシェフはしあわせな気分になる。
シェフはダンボールに4Pのいちごを丁寧に詰めた。
そして、ダンボールのふたをガムテープで閉じ、
鉛筆で住所を書いた送り状を貼り、得意の梱包を終えた。
ちなみに、シェフはボールペンより鉛筆が好きである。
シェフの宅急便は本日無事に発送された。
(もうひとつの注文である<梅干し>の話はまたの機会に)

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2007年6月 9日 (土)

雨は降るのか・・・

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降らぬのか・・・。
あいまいなモヨウのソラの下、そっと見上げていた花びらのほのかな白さ。

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2007年6月 8日 (金)

「飲ンデケー・・・」

五月なかばのこと。
山の近くか遠くかわからないまま、どこからか聞こえた。
周囲は新緑の木々に囲まれているので、それを聞いたのは
低い山のまだほんの入り口にすぎない。
日中の薄暗い山道、歩いていると小雨が通り過ぎていく。

<笹ヶヶヶ沢>方面の道しるべからこの山道に足を踏み入れた。
かなりの坂道がこれから続こうとしている少々身構える頃だったろうか。
何度か沢の流れを越えてきた。
そして、ほんのひとまたぎした流れの左手。
山の斜面下に一抱えほどの湧き水の泉があった。
湧き水は小石でせき止められ、石の間からチョロチョロ流れを作り
今しがた、またいだ流れに続いていた。

湧き水のそばに人の手による木の棒が立ち、
かけられていたアルミのコップがひとつ。
アルミのふちが鈍く光っていた。
そのすぐ上、横に広がる木の枝にガラスコップがふたつ。

山道を降りてくる山菜採りのおばあさんがひと息つくために。
これから登ろうとする山歩きシロウトの私ために。
山ノ神はぶっきらぼうに声をかけたりする。
「飲ンデケー・・・」

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2007年6月 7日 (木)

ソラが落ちてる

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と、最初は思った。
のぞいたら・・・、自分が落ちていた。
イナカーナ、ごごの農道。

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2007年6月 6日 (水)

イナカーナ州 畳奉行に

就任しているシェフ・ゴロタンの指揮の下(もと)、
昨日(さくじつ)、フクミミ本宅台所に畳(たたみ)が敷かれた。
例年、五月に執り行なわれる行事であったが、
今年は天候不順(
春に雹が降ったり)が続き実施が見送られていた。
六月に入りさすがに気温25度前後となり蒸暑(むしあつ)さもあり、
「皆の者、よーく聞け、御畳(おんたたみ)、敷けえー!」
急遽(きゅうきょ)、畳奉行の号令が下された。

フクミミ本宅、初めての客人は通常、本宅茶の間に案内(あない)されるが
二度目あるいはなじみともなれば居間を兼ねる本宅台所へ招かれる。
台所で時候の挨拶、日々の天気、よもやま話に花が咲く。
もてなす茶の水ははるか
トリウミ山から運ばれた。
その台所への畳敷きである。
まず、昨年十一月に取り付けられた御電器炬燵(こたつ)様が片付けられた。
今頃、コタツとお思いか。イナカーナは北の州である。
御電器炬燵様は例年よりひと月長い七ヶ月の御役目を終えられ
収納庫へ搬入された。
その際、片付けに伴う半年プラスひと月のゴミの多さにてこずり、
ソージ機から排気されるほこりに悩まされる奉行とその部下たちであった。

一時間と少し後(のち)ようやく御古畳(おんふるだたみ)様の掃除が
終わり無事敷かれた。
なぜ、無事かというと御畳様は古い日本家屋においては部屋ごとに
サイズが微妙に異なる。
つまり、畳は部屋にあわせ作られ、敷く場所も畳ごと決まっているからである。
ご覧あれ、畳裏には数字が書いてある筈だ。
間違った場所に畳を敷いた場合、後の畳が浮き上がる。

畳が敷かれた居間兼台所。
奉行と部下たちは畳のうえ、やおら横になると、
「やはり、夏は畳に限るわな」と鬼平気取り。
うちわ、うちわ」と走る部下もいる。
古畳ではあるが、感触はこのうえない。

もうじき、蚊のシーズンでもある。
蚊取り線香も確認しなければと思う畳奉行シェフ・ゴロタン。
イナカーナの季節はうつろう。

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2007年6月 4日 (月)

シェフ・ゴロタン じねごへ行く

<じねご>は次年子と書く。
次年子はイナカーナの隣り州にあり、新庄から山中へ入っていく。
そばが名物の次年子は民家を店にしている。
なじみの<しちべえそば>は山の中、小高い場所にあり、
土日、店玄関の戸を開けたりすると、たたきは靴だらけで足の踏み場もない。
ずいぶん前だったか、そばにありつくまで二時間待ったこともある。

人様の靴を踏まないように、玄関へ上がる。
正面が台所、左手がお茶の間(仏壇がデンとある)、茶の間左手奥が座敷。
テーブルが所狭しと置かれ、「すいません、通ります」と言いながら、
人を掻き分け、開いている席の畳に腰を降ろす。
メニューはない。
千円でそば食べ放題である。
そばの前に山菜が三種でる。
わらびなどは採ったまま一本そのままの形で出てくる。
食ったぞわらびという感じになる。
たれは辛ーい大根のおろし汁で辛ければ辛いほどうまい。
目がシロクロになる辛さのときもある。

そして、でそばがくる。
江戸っ子だったら、落語でおなじみのように、そばはすするところだが
<じねご>のそばは注意、すすってはいけない。事故につながる。
そばは太くかたく、色が濃い。
客は一心不乱にモゴモゴ食す。
大根の汁の辛さと噛んだそばが快感である。
(時期により大根が辛くない時もある、その時はお許しいただきたい)
食べ放題千円だから、元をとりたいとモゴモゴするが椀二杯でほぼ満腹となる。
もう一杯どうするかで悩む。元をとろうとする自分。
「なんと、ちっちぇえ、やつだ」
が、所詮、人の腹である。追加しても椀半分で降参する。
同行者に残りを強制しようにも、彼らもお腹の状況があり困った顔をされる。

先年、イは都心の駅構内で立ち止まり我を忘れ見つめていた。
ポスターに太く黒いそばのでっかい写真、文字で<じねご>とある。
JR東日本の宣伝ポスター、東京、渋谷、新宿、どこの駅だったろうか。
見覚えのあるこのそば、前回はいつだったか・・・久しく食べていない。
今度イナカーナに戻ったら必ず食べにいかなければとメイは決意する。

さて、シェフ・ゴロタンは今日<じねご>へ行く。
しちべえそばへ前回食べに行った時、山菜のワラビを三束予約してある。
しかし、今日はそばは食べない。
前回、食べた時、そのかたさのためか、あごの調子が良くないからだ。
シェフは今朝、そばどころ<じねご>
で食べるおにぎり弁当をつくった。
じねごのそばは太くてかたい。
イナカーナ、今日もいい天気である。

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2007年6月 2日 (土)

晴れ 時どき カッコウ

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新緑が日増しに濃く、つよくなっていく。
すずらんの花も盛りを過ぎ、水分を失っていく。
一時イナカーナの<街路灯>候補と目(もく)されたすずらんだったが、
あまりに可憐すぎたのか、あるいは恥ずかしがりやの性格からか、
スイセンにその席をゆずった

近くで遠くで、カッコウが鳴いている。
「ミッ、ドッ。ミッ、ドッ。・・・ミッ、ドッ」
姿は見えない、気持ちよさそうに鳴くカッコウ。
かつて、この地で畑仕事に精を出したシェフ・ゴロタンがものまねする。
「カッコウ、カッコウ。マメマゲ(豆蒔け)、カッコウ」
カッコウが畑に種蒔(たねま)く時期を教えているそうだ。

土曜のせいか、車も少ない。
今日もイナカーナの時間が過ぎていく。
晴れ時どきカッコウ。

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2007年6月 1日 (金)

イナカーナ 本日の落し物

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ひょとして、今、を押さえませんでした?
自分のハートがきちんと収まっているか、ご確認ください。

本日の落し物をお捜しの方、お心あたりの方はイナカーナ州
落し物 窓口までご連絡の上、ご相談ください。
この落し物はヒュー北風公園前に落ちていたそうです。
但し、今回の落し物は窓口にはありません。
この落し物を発見、連絡していただいたカタツムリ様は
こちら窓口へお越しいただくまで三日ほどかかったそうです。
この間、雨風が少々ありましたのですでに消失している可能性も
ありますので、あしからずご了承ください。
(と事務的、よく言えばクールな対応) 

追記 尚、<前回の落し物>は落とされた方が
お約束の満月の夜までお見えになりませんでしたので、
イナカーナ博物館館長ミミズークが引取りました。
その際、館長は何もおっしゃいませんでしたが
モット、モット、ナイカナ」と目が語っていたそうです。


                
イナカーナ州 落し物係り

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